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第32話 お姑チェック
宮廷の茶会まであと二週間。
「お嬢様、今日は無理せず休んでください。これ以上悪化させるわけにはいきませんわ」
かすれた声でそうねと呟くお嬢様の額に浮かんだ汗をそっと拭きとった。体調が優れていないのは明確だ。
「最近はずっと動き回っていましたから、お疲れになったのでしょうね」
ずっと屋敷にこもっていたお嬢様が、急に外出を増やしたことは体に負担を与えてしまったようだ。それに、外出していない日も、屋敷で勉強やダンスの練習などをしていた。休む暇もなくというのはああいうことだと思う。
「寝込んでいる時間なんてないのに――」
「パッサン卿には朝方手紙を出しておきました。しばらく訪ねることはできませんが、体調が戻り次第お話をする機会がほしいとの旨を伝えてあります。ですので、まずはしっかり休んで体調を戻すことをお考えください。無理は禁物ですよ」
渋々という顔でお嬢様は頷くと目を閉じた。
寝息が聞こえるのを確認するとそっとドアを開けて外に出る。調理場にいくと、マリーがそわそわとした様子で調理場の端から端を歩いていた。私をみると「お嬢様の様子はいかがですか」と飛びついてくる。。
「今お眠りになったから、しばらくお部屋には近づかないようにしましょう。熱もそんなに高くはないから、きっと一日休めば大丈夫よ」
「そうですか、よかった」
そう言いつつも、やはり落ち着かない様子でうろうろとしている。そんな彼女に私は雑巾を手渡した。ぽかんと見つめてくるマリーは、それでも反射的に雑巾を受け取った。
「最近外出が多くてしっかり掃除できていなかったから、いい機会だし屋敷の大掃除をしてしまいましょう」
何もしないでいるよりは、動いている方がマリーも気が楽だろう。私たちは掃除道具を持って廊下に出た。
「リーフさん、ここのところ毎日のように図書館に行かれていますもんね」
「しつこく通うことしか手がないもの。でも、そのおかげかパッサン卿とも少しずつお話できるようになったわ」
私はよほどの用事がない限り、欠かさずに図書館通いを続けていた。
一人で出かけるときは親父さんの手を煩わせるのも申し訳ないと、街の辻馬車を使うこともあった。そのために、先日知り合った街娘のリンや、犬のような少年のレオンとも時々話をするようになった。
「パッサン卿には、ここまでしつこい人間ははじめてだと言われたわ」
ある日は「また来たのか」と睨まれ、ある日は「しつこい」と扉を閉められる。本来の目的に関しての会話はまだできていないが、居留守を使われる回数は減った。距離は少しずつ縮まってきているのだと思いたい。
「おじいちゃんも、積極的な若い女の子にはたじたじなのかもしれないですねー」
マリーはくすくすと笑った。腕まくりをして、水をためた桶に雑巾を入れる。
「私がいない間、お嬢様の様子はどうだった?」
「ずっと頑張っていらっしゃいますよ。お一人でダンスの練習も励んでらっしゃいます。私が相手役になれればいいんですけど、あいにくダンスは専門外で――」
「そうよね。ダンスの先生も見つけないといけないかもしれないわ」
「まだまだ、やることはたくさんありますね」
「ええ。でもまずは掃除を完璧に行いましょうか」
窓枠に指を這わせると埃がついた。毎日マリーが掃除をしてくれていたとはいえ、一人で手が回るわけもない。
ほら、と指先をみせるとマリーは思いっきり眉をひそめた。
「リーフさん、お姑さんみたいですよ! 怖い!」
「おばあちゃんの次はお姑さんですか。失礼ですね。さあ、始めましょう」
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