第36話 鬼畜な訓練

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第36話 鬼畜な訓練

 翌日、お嬢様は珍しく不機嫌を丸出しにしてベッドに座っていた。私とマリーは真剣な表情で「駄目です」と今日何度目かの言葉を発した。 「病み上がりが大事なんですよ、お嬢様。まだ熱が下がったばかりです。今日は休んでください」 「もう平気よ」 「駄目と言ったら駄目です」  今日はエマの帰路に私が付き添うことになっていた。本当はリアル家の屋敷まで送って行こうと思っていたが、今日もパッサン卿の研究室に行く予定らしいため図書館まで送り届ける段取りになった。  しかし、その旅路にお嬢様もついていくと朝から押し問答を続けている。  たしかにお嬢様の熱は今朝下がっていたが、昨日の今日で外出を許すわけにはいかないだろう。私やマリーはもちろんのこと、エマやレオンまで加わってお嬢様を説得する羽目になり、結局お嬢様は渋々頷いた。 「マリー、お嬢様が無理をしないように見張っていてくださいね」 「もちろんです。お任せください!」  心強いマリーの返事を聞きながら、私はエマとレオンを連れて屋敷の外に出た。  今日は親父さんに馬車をお願いしていた。親父さんは二人をみて不思議そうにしながらも、いつものように馬車を走らせる。 「お二人とも夜はよく眠れましたか?」 「はい、ぐっすり」 「僕は緊張して、全然眠れなかったです」  両者対極の反応だ。レオンにいたっては、どことなく昨日よりもやつれて見える。エマは情けないなあと横目でレオンを見ていた。 「悪漢を倒しているときは結構かっこよかったんですよ」 「かっこいいなんて、そんな、僕なんかには勿体ないです」  首と手をぶんぶんと振る。その姿からは悪漢を倒す様子なんて想像ができない。  しかし、言われてみると服の袖からみえる腕なんかは細いけれどひょろひょろということでもないようだ。均等に筋肉がついている。 「そういえば、昨日、武術に対して心得があるのだと言っていましたね」 「え? あ、はい。そうですが――」 「どなたかに教えてもらったのですか?」  わたわたと視線をさまよわせながらも、レオンはゆっくりと説明をした。 「街に師匠がいるんです。結構なおじいさんなんですけど、いまだに元気で。なんでも昔は宮廷の警備をしていた方なんだそうです。それで、今は街の子どもたちに武術を教えてくれていて。僕も昔から師匠に教わっているんです」  街は物騒なことも多いですから、と困ったように笑った。  レオンの生い立ちを聞いているとあっという間に、街に着いた。彼とはここでお別れだ。 「あの、僕も図書館までお供しなくて大丈夫ですか?」  馬車から降りる間際、レオンは心配そうにこちらをうかがったが、私は首を振った。 「大丈夫よ。親父さんもいてくれているし、私も多少の心得はあるから。そこら辺の悪漢くらいなら、私でも倒せるわ」 「そうなんですか?」 「ええ。使用人として、お嬢様をお護りするために多少の訓練はしているの。だから気持ちだけ受け取っておくわ」 「使用人って凄いんですね」  目をパチパチとさせながらそう言ったレオンに私は愛想笑いを返した。大きく手を振るレオンに見送られながら馬車は再び走り出す。 「流石はカインツ家といったところですか」  二人きりになると、エマは眼鏡の奥の瞳をいたずらっ子のように細めた。 「聞いていますよ、カインツ家の教育熱心さは。使用人には本来必要のない剣術もみっちり教え込まれるんですよね?」 「よくご存知で。それはもう、熱心に教えられています。ですから、今日襲われるようなことがあったら私がお護りしますから、ご安心ください」  過去の訓練を思いだしてうんざりする私をエマは笑った。  本当にカインツ家の教育は鬼畜なのだ。あまりの教育ぶりに、実家を思い出すだけで胃が痛くなる。実家が嫌いというわけでは決してない。しかし、それとこれとは別の話である。
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