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第38話 回答
「お話を聞いていただけますか」
真剣な表情のお嬢様がそう言うと、パッサン卿は無言でお嬢様を見つめ返した。その後ろにはエマがいる。
パッサン卿から問を出された日、私はお嬢様にそのことを伝えた。その翌日、こうして答えを出すためにお嬢様は研究室を訪れていた。
言うべきことは決まっているのだとお嬢様は言っていた。
「わたくしは、幼い頃に父の書斎の本を読むのが好きでした。父はあまり屋敷に帰ってこなかったから。書斎の本を読んでいると父との繋がりをもてているような気がして嬉しかった。あの時は本の内容なんて理解できていなくて、ただ文字を眺めていただけでしたが」
お嬢様は昔を懐かしむように微笑んだ。
「父から見放されて、自室に閉じこもるようになったとき、私は書斎から借りてきた本を返しそびれました。それが、パッサン卿の本だった。今思えば、書斎にはあなたの本がたくさんありました」
パッサン卿は黙ってその話を聞いている。何を考えているのかはよく分からない。それでもお嬢様は話し続ける。
「屋敷にこもっても、わたくしにはやることがありませんでしたし、何かする気もありませんでした。でも、書斎に返しそびれたあなたの本は、父との最後の絆のような気がして繰り返し読みました。そのうち、内容が分かるようになってきて嬉しかったし、もっと他の本も読もうと思った。部屋に閉じこもるわたくしの慰めになりました」
お嬢様は数年間ずっと部屋で本を読んでいた。来る日も来る日も本を読み続けた。
「パッサン卿の本が私を支えてくれました。学ぶことの楽しみも教えてくれました」
だから、とお嬢様は微笑む。
「あなたに教えを乞いたいのです。学ぶ楽しみを教えてくれた、他の誰でもないパッサン卿に。これが、わたくしがパッサン卿にこだわる理由です」
パッサン卿は話を聞き終わると鼻で笑った。
「どんな理屈をこねてくるかと思えば、取るに足らない理由だな」
「じいちゃん」とエマが咎めるような声を出す。それを目で制して、パッサン卿は立ち上がった。
またドアを閉められてしまうのだろうか。
そう思った私に反して、パッサン卿は何冊か本を手に取る。
「学ぶ楽しみか。まったく、エマが二人いるようで敵わんな」
ため息まじりにそう言って、パッサン卿はお嬢様に本を突き出す。困惑しながらお嬢様は本を受け取った。
「これぐらいの本は読んでおいて損はない」
本とパッサン卿の間に視線を往復させる。この言い振りからすると、つまり――。
「教育係りを、引き受けてくださるのですか?」
パッサン卿は相変わらず鼻で笑うと、まあ引き受けないこともないと曖昧な返事をする。
「だが儂は貴族社会が好かん。死ぬまで研究に没頭する。だからこの研究室を離れる気もない。用があるならここに来い。研究の息抜きに、たまには相手をしてやろう」
お嬢様と私は顔を見合わせた。お互いうなずきあって、笑みが漏れる。
「ありがとうございます!」
私たちは同時に頭を下げた。
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