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第39話 楽しくない乗馬1
王宮の茶会当日。
お嬢様とマリー、そしてライラ様とそのメイドが乗る馬車を私は追いかけていた。
「乗馬もお手の物ですか」
「カインツ家では乗馬も必修科目ですので」
「流石は代々バルド家に仕えるカインツ家」
並走しているジルが爽やかに笑った。ライラ様の使用人で世の女性からもてはやされる優男。シルバーの髪が風に吹かれる様は悔しいけれど絵になっている。
しかし、彼に褒められるとどうにも素直に受け取れない。嫌味という程でもないけれど、称賛する気もさらさらないような気がする。張り付けたような完璧な笑みの奥底には腹黒いものが潜んでいる気がしてならない。
ジト目で見ていると、変な顔ですよと、これまた爽やかに指摘されてしまった。
「あなたのせいですよ。ジルといると疲れます」
「それは大変ですね。心労は美容の敵なのだとライラお嬢様もよく言ってらっしゃいます――大変、というと馬車の中もなかなかに大変なことになっている気がするのですが、どう思いますか?」
ジルはこちらの言葉は完全に聞き流して、愉快そうに前方を走る馬車を見た。睨み付けてもどこ吹く風だ。
「――それはまあ、大変でしょうね」
馬車に乗っているのはレイチェルお嬢様とライラ様、そして双方のメイド。穏やかな空気が流れているとはとても思えない。
朝からお嬢様は口数が少ないし、マリーも珍しく緊張しているようだった。対して、ライラ様はいつも通りの笑顔、そのメイドは不安そうに主人を見つめていた。四者四様だ。
「リーフも同乗しなくてよかったのですか?」
「馬車は四人乗りなんだから仕方ないでしょう。マリーは乗馬ができませんから、こうする意外にないんです――、あなた面白がっていますか?」
「いいえ、そのようなことはありません」
いい笑顔だ。絶対面白がっている。
私はこれ以上会話をしてたまるかと前を見据えたが、そんな私の意図を察した上なのだろう、ジルは何食わぬ顔で会話を続けた。
「レイチェル様はパッサン卿の研究室に通っていらっしゃるそうですね。先日は卿のお孫様が屋敷を訪ねていらっしゃいましたし。社交界でも噂になっていますよ」
「もう噂になっているんですか?」
「ええ。ご存知ありませんでした?」
無視をしようと思ったが、そうもいかない話題を振られてしまった。ジルはしたり顔だ。癪に障る。
それにしても、目立たないように親父さんに協力をしてもらっていたのに、あまり意味はなかったようだ。貴族社会で噂が流れるのは速い。
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