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第56話 破天荒ダンス2
「さあ、次はリーフの番です」
「やっぱり私も踊るんですね」
「当たり前です。リーフもいつもガチガチですから、たくさん遊びましょう」
私の手をとって変則的なダンスが始まる。
慣れないテンポに戸惑うけれど、ディーが引っ張ってくれるから自然と体がついていく。導かれるように、流れるように、体が動く。まるで自分のダンス技術が二倍も三倍も跳ね上がったような気分だ。
これは、少し、いやだいぶ楽しいかもしれない。
「うわっ」
突然抱き上げられて、思わず変な声がもれるとディーはおかしそうに笑い声をあげた。
「レイチェル様もリーフも、羽のように軽いですね」
「それは言いすぎです、あ、いえ、お嬢様は軽やかではありますが、私は――」
ぐっと近づいた顔の距離に、息をするのを忘れそうになった。長い睫毛に縁取られた深緑の瞳。すっと通った鼻筋に、陶器のような白い肌。
女性的でもあって、男性的でもある美しい顔。
つい見惚れてしまうと、ディーは首をかしげる。
「なにか?」
「いえ――。そういえば今日は抹茶のカップケーキを作ってきたんです。あとで召し上がってください」
「まっちゃ、先日街でリーフが買っていた異国のお茶ですね。あのお茶は私が巡ってきた国でも見たことがありませんでした。リーフは不思議な知識を持っているのですね」
ディーと視線が交わる。私の目だけでなく、その内側まで見透かされてしまいそうだ。
「リーフの不思議な音は、その知識とも関係があるのでしょうか」
「さあ、どうでしょう」
私は目を逸らした。
前世の記憶があるなんて、きっと気味が悪いだろう。私の妙な噂がたてば、主人のお嬢様にも迷惑がかかる。
「おや、失礼。リーフを困らせるつもりはないのですが」
ディーは困ったように笑って足を止める。
ダンスはおしまい。ディーはその長身を折り曲げて一礼した。私もドレスの裾をつまんで頭を下げる。
「あなたの音は不思議で、とても興味深いです。しかし、なぜ不思議なのかと追究するよりも、あなたの近くで聴いているだけで私は嬉しいのです。だからどうか、お気に障ったのならお許しください」
「気に障るなんてそんなことございません」
なるべく平常心で紡いだ言葉だが、ディーは変わらず困ったような表情をしていた。それでも、それ以上踏み込んでくることはなく、お茶の準備をしてきましょうと言って一足先にダンスホールを出ていった。
「リーフ、彼に何か言われたの?」
「私の音について、少し」
「ああ、人とは違う音がするというあれね。――わたくしは、あなたが人と違ったとしても気にしないわよ」
驚いてお嬢様をみると、ふふっと笑われた。
「だってリーフ、とても悩んでいるような顔をしているもの。だからいいのよ、リーフがどれだけ人と違っても構わないわ。むしろ、そのおかげでこうしてディーと親しくなれたのだから、感謝してもいいくらい。悩む必要なんてないわ」
「お嬢様――、ありがとうございます」
私は多分、不器用に笑った。
私の記憶のことを、全て正直に話しても、きっとお嬢様なら今と同じことを言ってくれるのだろう。そんな気がした。
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