第57話 アトリエ訪問

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第57話 アトリエ訪問

「わあ、すごく綺麗なところですね」 「現実味がないというか何というか、物語の世界みたい」  レオンとエマはディーのアトリエを訪れるなりぽかんと口を開けた。  たしかに、このアトリエは生活感というものがない。まさに芸術のための館だ。まるで物語の中に入りこんだような場所。 「いらっしゃい。今日は賑やかですね」  ディーは私たちをにこやかに出迎えた。  街でレオンの戦いぶりに感銘を受けたらしいディーが、レオンとエマをアトリエに招待したのも数日前のこと。今日はお嬢様と私で街によって、レオンとエマを拾ってからアトリエに訪れた。  馬車の中でもレオンはずっと恐縮した様子で、エマにからかわれていた。そのびくびくした様子からは、狂犬のようなあのときの表情は幻だったのだろうかと思う。 「今お茶を淹れますね」 「あ、私今日もお菓子を持ってきたんです。よかったらお茶請けに」  キッチンに立つディーのもとに持参したバスケットを持っていく。中には今朝マリーと一緒に焼いたクッキーが詰まっている。ちなみにマリーは今日もお留守番のため少々不機嫌だった。 「異国のお菓子ではないのですか?」 「材料がなかったので、今日は作れなかったんです。だから、この国でよくある普通のクッキーなんですが」 「それは残念です。前いただいたあのカップケーキ、美味しかったので」 「じゃあ抹茶が手に入ったらまた作ってきますね」  お皿にクッキーを移し替えて、淹れたての紅茶とともにみんなのもとに戻る。エマが話すパッサン卿の武勇伝で盛り上がっているようだった。  みんなで紅茶を一口飲んでほっと息をつく。  ディーはレオンをみて目を細めた。 「あのときのレオンはとても素敵でした。あなたをモチーフに作品を作りたいものです」 「え! そ、そんな僕なんかではとてもそんな役務まりませんよ」  レオンは首をぶんぶんと振って拒否をした。その慌てぶりにお嬢様が笑みを漏らす。 「そんなに嫌ですか、それは残念です」  ディーがしょんぼりとすると、レオンはさらに慌てた。 「ああ、えっと、そうだ、僕、ディーさんの絵画とか、色々見てみたいです!」  必死に場を取り繕おうとするレオンの言葉にディーはぱっと表情を輝かせる。「ぜひ!」といってレオンの手を引っ張って立たせた。 「興味をもっていただけるのは嬉しいです。さあさあ、絵画でも彫刻でも音楽でも、お好きなだけご覧ください」  情けのない声をあげてレオンは引っ張られていく。 「あの有名なディーテの作品をみたいとせがむなんて、レオンも結構やりますね。私も見せてもらおう」  エマは嬉しそうに眼鏡を押し上げるとディーのあとを追う。 「わたくしたちも行きましょう」 「はい」
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