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第60話 彼の憧れ
「僕には事情はよく分かりませんけど、よかったですね」
レオンは私の隣に立つとそう言った。
お嬢様とエマはピアノを奏でて、ディーはその傍らでヴァイオリンの音色を重ねている。先ほどディーが完成させた曲を三人で演奏しているのだ。
開け放した窓から穏やかな風が吹いて髪を撫でた。
「レオンのおかげでもありますよ。今日あなたが来てくれてよかった」
「そんな、僕なんて何もしてないですから」
「いいえ。レオンがいなければ、お嬢様はあんなに楽しそうに演奏をしなかっただろうし、それがなければディーの曲も完成しなかったと思うわ。それに、お嬢様はレオンや街の人と関わるようになって、少しずつ他人に気を許せるようになったみたい」
お嬢様の心はずっと張りつめていた。それが、色々な人と関わるようになって、気を許せる人間が増えて、以前よりもずっと笑ってくれるようになった。
今も、ピアノを奏でるお嬢様はとても柔らかい笑みを浮かべている。
「今のお嬢様を見られて、私は嬉しい。だからありがとう」
「――リーフさんは、本当にレイチェル様のことがお好きなんですね」
「ええ」
レオンは目を細めた。
「お礼を言うのは僕の方かもしれないです」
私が音楽に聞き入っていると、レオンはそう呟いた。
「街で暮らしていたらこんな素敵な音楽を聴くことはなかったと思います。それに、こうして貴族の方と一緒に過ごすこともできなかった。僕の体術の師匠は、もともと宮廷の警備をしていたんだって話、しましたよね」
私は頷く。
宮廷に勤めていた近衛兵が退任後、レオンの街に住むようになり、子どもたちに体術を教えるようになったのだという。子どもの中でもレオンはとくに気に入られて、ずっと稽古をつけてもらっているのだ。
「師匠は僕たちに宮廷のお話をたくさんしてくれました。それは街の暮らしよりもずっと華やかで、美しくて、まるで違う世界のようだと思いました」
「そうだったんですか」
「はい。――僕、実はリーフさんに憧れているんですよ」
「え?」
レオンは照れくさそうに私を見た。
「大好きな人のために一生懸命になれるってすごく素敵だと思うんです。それだけじゃなくて、その大好きな人から信頼されているんだから、リーフさんは凄いです」
「――ありがとう。私も、お嬢様に信頼していただけるのはすごく嬉しいの」
私はレオンの金髪をくしゃくしゃと撫でる。わわっとレオンが声をあげた。
レオンの言葉は素直に嬉しくて、すこしだけ気恥ずかしい。少しばかり頬が熱くなっているのを隠したくて、私はレオンの頭を撫で続けた。
「僕も、リーフさんみたいになりたいな」
散々私に撫でまわされたあと、レオンはそう言って笑った。
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