第61話 ご無沙汰しています

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第61話 ご無沙汰しています

「ご機嫌よう。お邪魔いたします」 「お二人ともどうぞ、お茶淹れますね」 「貴様ら、どんどん遠慮というものを忘れていくようだな」  額に青筋を浮かべるパッサン卿を気にも留めず、お嬢様は研究室の椅子に座り、エマはコーヒーの準備を始めた。卿とはじめて会ったときには考えられないほど、お嬢様はリラックスした様子で腰をかけている。  何だかんだ言って、パッサン卿は私たちを追い出すことはしないのだから、良好な関係を築けているのだと思う。 「エマ、手伝いましょうか」 「いいえ、これくらい大丈夫です。リーフさんは座っていてください。お客様なんですから」  パッサン卿の研究室は広い。四人いてもまだ余裕がある。いたるところに本やメモ書きが散乱しているせいで窮屈な気分にはなるが。  エマはてきぱきとお茶の準備をした。動くたびにリスの尻尾のような髪が揺れる。  パッサン卿は諦めたようにため息をつくと椅子に深く沈み込んだ。 「芸術家も味方につけたようだな。小娘のくせによくやるわ」 「ディーのアトリエに通っている間はこちらへの足が途絶えてしまい申し訳ございませんでした。今後はまた定期的にお邪魔しますので」 「お前たちがいないと静かでよかったのだがな」  ふんっと鼻をならすパッサン卿にお嬢様は笑った。  エマはお茶を淹れ終わると順に配っていく。屋敷にいると紅茶が多いから、コーヒーの香りは新鮮だ。  祖父であるパッサン卿にカップを差し出す際に、エマはにっと笑った。 「じいちゃん、みんながこないから寂しかったんですよね――いたっ」  無言でエマの額が叩かれた。ぺしんといい音がなる。  コーヒーをすすったパッサン卿は、相変わらずの仏頂面で私たちをみた。隣ではエマが祖父の仕打ちに頬を膨らませながら、自分のカップにミルクと砂糖を入れてかき混ぜている。 「あの芸術家も、他人とはなれ合わぬ主義だっただろう。どうやって接触をもった」 「彼はリーフに興味があったようで声をかけていただいたのです。それがきっかけですわ」 「ほう――、こんなちんちくりんな小娘のどこに興味が湧いたのだか」  吟味するように頭からつま先まで観察される。居心地が悪くなる私を横目に、お嬢様は優雅にコーヒーを飲んだ。
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