第5話 いけすかない使用人

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第5話 いけすかない使用人

 突如としてかけられた声。 「リーフも本館に入るのでしょう。早く行きましょう」 「うわっ。まだいたんですか?」 「はい」  ライラ様の使用人の男がくすりと笑って私の顔をのぞきこんだ。主人であるライラ様に続いて本館に入っているものと思っていたから、私は驚いてしまった。 「旦那様に呼ばれているのならば、立ち話をしている暇はないでしょう」 「ええ、そうですね」  男はどうぞと扉を開けて私を招き入れた。  男の名はジルという。  ライラ様の使用人で、主人と同じくいつでも微笑みを絶やさない男だ。歳は私より七、八歳ほど上だったはず。  絹糸のようにさらさらとした銀色の髪に、それと同じ色の瞳。すっと通った鼻筋。整った顔立ちをしている。ただ、ライラ様の笑顔は好感がもてるが、ジルの笑みはどこか胡散臭くて苦手だった。  同じバルド家の使用人という立場上、時々話をすることはあるが、どうにも彼相手だと身構えてしまう。  ジルは例の胡散臭い笑みを浮かべて私を見る。 「ライラお嬢様は、レイチェル様にお会いしたいのですよ。ずっと避けられていますから」 「それは――申し訳ございません、私にはどうすることもできません」  私は言い淀んで、その端正な顔から目を逸らした。  同じバルド家の姉妹であっても、レイチェルお嬢様とライラ様の間には壁がある。  昔、レイチェルお嬢様はライラ様に冷たくあたっていた。お嬢様が手をあげたこともある。それが原因で、二人は長らく会話らしい会話もしていない。お嬢様は別館に閉じこもってしまったし――。  私は眉をひそめる。  世間でのバルド家姉妹の評価はこうだ。  姉のレイチェル嬢は継母と異母妹を受け入れず、その結果家族に見放された悪女。対して妹のライラ嬢はそんな異母姉のことも愛そうとする優しい女神。  完全にレイチェルお嬢様を悪とする世界ができあがっている。  ――こちらにだって、そうなってしまった理由があるのに。 「このまま、レイチェル様をあの別館に閉じ込めておくおつもりですか?」 「いいえ。そんなことございませんわ」  磨き上げられた本館の廊下を歩く。別館とは違う豪奢な飾り。あちこちにいる召使いたち。レイチェルお嬢様も、本来ならここにいるべき人間だった。  同じバルド家の屋敷といえども、古びた別館に私とマリーだけを側に置くようなそんな身分ではなかったはずだ。  ジルは相変わらず感情の読めない微笑みを貼り付けて淡々と話す。 「ライラお嬢様は決してレイチェル様のことを嫌ってはおりません。このままレイチェル様が虐げられることは望んでいないのだと、あなたも知っておいてください」 「ええ――、お気遣い痛み入ります」  があっても、ライラ様がお嬢様を責めることは一度もなかった。本当に、優しい人なのだと思う。  階段の前まで来ると、ジルは立ち止まった。 「あなたもこのままでいる気はないでしょう。代々バルド家に仕えてきた家柄のあなたですから、なんとかしてくれると俺は思っていますよ」  ジルは微笑んで会釈をすると、そのまま廊下を進んでいった。 「なんとかって――、簡単に言ってくれるわね」  私は深くため息をついて、姿勢のいい後ろ姿を見送った。
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