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第65話 信頼できる騎士
「レオン、わたくしの騎士になってほしい」
「騎士、ですか?」
間の抜けた声がする。
話が見えないというようにレオンは私に視線を寄こした。
「騎士は、常にお嬢様のそばに控えてお守りする立場の人間よ。お嬢様もそろそろ騎士をつけないと危険だろうという話をしていたの。本来なら騎士学校を卒業したエリートを雇うのが上流貴族の常識なのだけど、私もレオンならお嬢様の騎士として相応しいと思うわ」
お嬢様が「パッサン卿の意向に沿わないかもしれないが、騎士として思い当たる人物がいる」と言ったときから、誰のことを考えているのかは分かっていた。該当するのは、レオン以外にいないだろう。
お嬢様は微笑みから一転、真剣な表情を作った。
「わたくしは、レオンの強さを知っているわ。あなたなら騎士学校を出ていなくても、じゅうぶんな仕事を果たしてくれる」
「僕がレイチェル様の騎士――?」
レオンをぶんぶんと首と手をふった。
「む、無理ですよ。僕みたいな庶民がレイチェル様のおそばにいるなんて場違いにも程があります!」
「わたくしはそうは思わないわ。権威よりも、信頼できる人間に騎士になってほしいもの。わたくしはレオンなら信頼できる。だからあなたにお願いしたい」
信頼、という言葉にレオンの肩がぴくりと揺れる。恐る恐るといった様子でレオンが口を開いた。
「僕なんかを、レイチェル様が信頼してくださっているんですか?」
「もちろんよ。あなたはエマを助けてくれた。それに街のみんなをずっと守ってくれていた。あなたは優しくて強い人だわ」
無言でレイチェル様を見つめるレオンの目に、戸惑いの中にも喜びの色が灯ったのが分かった。
ディーのアトリエで彼は言っていた。誰かのために一生懸命になりたいし、その誰かに信頼されるのは素敵なことだと。
「今のわたくしには、パッサン卿がいて、ディーがいてくれる。わたくしにはもったいないくらいの後ろ盾よ。だから、騎士には権威よりも信頼を求めたいの」
でも、とお嬢様は続けた。
「騎士になるなら、あなたにはバルド家の屋敷に住んでもらわなければならない。あなたが大切にしているこの街とは離れることになるわ」
騎士は常にお嬢様の近くにいる必要がある。レオンが騎士になるのであればバルド家の屋敷に移り住んでもらうより他はないだろう。
街と屋敷はあまり離れていないとはいえ、レオンにはレオンの街の暮らしがある。
「だから、すぐに答えなくていい。でも、考えてもらえないかしら。それでもし騎士になりたいと思ってくれるなら、いつでもわたくしのところにきて」
微笑むお嬢様に、レオンの瞳が揺れた。
彼は「無理だ」とは言ったけれど、「嫌だ」とは言わなかった。宮廷や貴族の世界に憧れがあるとも言っていたのだし、レオンにとって決して悪い話でもないだろう。だが、今の生活を捨てろと言われて即決ができるとも思わない。
今日のところは帰るといって、お嬢様は背を向けて馬車に乗り込んだ。その様子を何も言わずに見ていたレオンは、馬車が出発する間際お嬢様に声をかけた。
「あの、本気で、僕を騎士にしたいと思ってくださっているんですか。僕はただの庶民なのに」
お嬢様は当たり前でしょうと笑った。
「本気よ。わたくし、冗談は嫌いなの」
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