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第68話 庭の想い出
ふとジルは屋敷を見上げて微笑んだ。
「なにやら別館が賑やかになったようですね」
「住人が一人増えましたので」
別館と本館の間に広がる庭の中心へと進んでいく。右も左も草木に囲まれて、鮮やかな花が色を添えている。
「懐かしいですか」
庭を眺める私にジルは問いかけた。
「ええ。昔はよくここに来ていましたが、最近は横を素通りするくらいでしたので。――あまり、昔と変わっていないような気がします」
幼い頃、よく奥様とお嬢様と共に庭を散歩した。目の前に広がる光景は、その時とあまり変わらない。もちろん植えられた花などに違いはあるが、懐かしい気配がした。
「この庭は、ライラお嬢様が管理をしています。なるべく昔の姿から変えないようにと気を配っていらっしゃいますよ」
ジルはわずかに振り返って私をみた。
「昔、ライラお嬢様と母上であるアンナ様がこの庭を一新しようとしたことがありました。当時の庭は、先代の奥様が亡くなられてから荒れておりましたので、しっかりと手入れをしなければとお考えになったのです。ですが、レイチェル様がそれをお止めになりました。それ以来、お嬢様はこの庭の姿を留めるために尽くしていらっしゃいます」
「――そんなこともありましたね」
私は立ち止まって周囲を見渡した。
この庭はレイチェルお嬢様と奥様の想い出がつまった場所だ。幼い頃散歩をして、ティータイムをした場所。
その庭にライラ様やアンナ様が手を加えようとしたとき、お嬢様は勝手なことをしないでと声をあげた。
あの頃、新しい母と妹が訪れたバルド家の屋敷で、レイチェルお嬢様は自分の居場所を失っていく感覚に苛まれていた。
お嬢様が使っていた部屋をライラ様が使うようになり、奥様の自室はアンナ様の部屋となった。
次第に消えていく自分と母の居場所。
庭は、お嬢様にとって母の存在を感じられる最後の場所だった。
「ライラ様は、お優しいですね」
この庭を、ずっと守ってくれていたのだ。何年も。
ジルは微笑むと、私を手招いた。
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