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第71話 護られていたこと
「今、一番后に近いのはあなたでしょう。どうしてそんなあなたが、その座を譲るようなことをするの? あなただって后になりたいでしょう」
「いいえ。后にはお姉様がなるべきですわ。次女の私では、后になる器にはなりえません」
ライラ様はかつて私にしたのと同じことをお嬢様に説明した。
この国は長子社会だからこそ、后には長女のレイチェルお嬢様がなるべきだということ。次女の自分が后になるのは、通例を破って混乱を招くだけだということ。自分は后の座に興味がないこと。
全てを話してから、ライラ様は微笑んだ。
「表向きの理由としては以上です。けれど、私、お姉様のこと大好きなんです」
え、とお嬢様はライラ様を見る。
「私のせいで、お姉様にはたくさん辛い思いをさせてしまいました。お姉様の気持ちは推し量ることしかできないけど、毎日考えました。大切な人を亡くして、知らない人間が突然家族の顔をして現れて。私に言われるなんてお嫌かもしれませんが、とても、辛かった――ですよね?」
お嬢様は眉根を寄せてうつむいた。
そんなお嬢様に、ライラ様はごめんなさいと呟く。
「お姉様の生活を壊してしまって、本当にごめんなさい。でも、だから――お姉様には幸せになってほしいんです。それだけですわ」
ライラ様はそうして微笑んだ。
お嬢様はうつむいたまま黙っていた。長い沈黙のあと、やっと顔を上げる。
「――ありがとう」
それだけを、小さく呟いた。
ライラ様はどこか泣きそうな顔をして笑うと、一礼して背を向けた。ジルもそのあとについていく。
残された私は、話を切り出そうと口を開閉して、何度目かにやっと声を上げた。
「お嬢様、申し訳ございません。お嬢様の知らぬところで勝手なことをいたしました」
ライラ様の後ろ姿をじっとみていたお嬢様は、ふと私を見る。赤い瞳が揺らいで、くしゃりと微笑んだ。
「いいえ、ありがとう。わたくしのためにしてくれたことなのでしょう。マリーも、その様子だと知っていたのね」
突然名前を呼ばれたマリーは肩を跳ねさせて、それから頷いた。マリーも、ライラ様がお嬢様のために動いていたことは知っている。
ありがとう、とお嬢様が繰り返すと、マリーは首を横に振った。
「わたくしは、たくさんの人に気にかけてもらっていたのね。それなのに全部拒絶してしまって、馬鹿みたいだわ。本当に――ありがとう」
「私たち、お嬢様のこと大好きですから」
マリーが涙ぐんで微笑む。横にいたレオンがハンカチを差し出した。きっとレオンは詳しい状況を理解できていないけれど、それでも優しく微笑んだ。
「わたくし、あの子のこと何も知らなかったのね。あの子は后になりたいのだろうと思っていたわ」
「ライラ様は案外、理屈主義なようですよ。お嬢様とも話が合うのではないかと思います」
そうね、とお嬢様は頷いた。
「これから、親しくなれるかしら。わたくしは、姉らしいことを今までなにもしてこなかったのに。あの子に酷いことをたくさんしてしまったのに――」
お嬢様はふいに口を閉ざした。はっとした様子でライラ様が去った方向に視線を向ける。もうそこにはライラ様の姿はない。
「お嬢様?」
「わたくし、――まだ一度だって、あの子に謝っていないわ」
ひどく衝撃を受けたように目を見開いた。
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