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第73話 重い呼び出し
その日はいつもと変わらない朝だった。
朝起きて、マリーと一緒にレイチェルお嬢様を起こしに行く。そのあとはお嬢様と一緒に、貴族から届いた手紙の処理。事務作業が終われば、マリーと一緒に屋敷の掃除をして、レオンに貴族社会についてのレクチャーをする。
そうしてお昼。
いつも別館にはいない人間が訪れた。
顔中に神経質そうな皺を刻んだ男は旦那様の使用人だった。普段は旦那様に付き添っていて、別館に来ることはほとんどない。
玄関ホールで用件を聞くと、重い足取りでお嬢様の部屋に向かった。お嬢様の自室にはマリーとレオンもそろっていた。
私は一つ深呼吸をして、口を開く。
「お嬢様、旦那様から使いの者が。話があるから、本館に来るようにとのことです」
それまで朗らかに談笑していたお嬢様の表情が固まった。
「――行きましょう」
沈黙のあと、お嬢様は立ち上がってそう言った。
旦那様から直々の話なんて、いいものではないだろう。なにせ旦那様はお嬢様を屋敷に閉じ込めた張本人で、ライラ様を后の座につかせたいと考えている人なのだから。お嬢様のことは今も快く思っていないはず。
「レイチェル様」
「大丈夫よ」
心配そうな表情を浮かべるレオンの肩に手をのせて、お嬢様は微笑んだ。いつもよりもぎこちない笑み。
――大丈夫、なんて嘘だ。
「リーフさん、顔、怖いですよ」
こつんとマリーに肘でつつかれる。
「大丈夫です。お嬢様のこと信じましょう。それに、私もリーフさんも、レオンもいます。だから大丈夫」
ね、と微笑むマリーに私も頷いた。
私たちは全員で本館に向かった。
案内されたのは旦那様の書斎。そこにはライラ様の姿もあった。使用人であるジルと、二人のメイドが控えている。
そして中央の執務机に重々しい空気をまとって旦那様が座っていた。
黒い髪を後ろになでつけ、眉間に刻まれた皺は深い。昔からその眼光の鋭さは変わらない。この方は笑うことがあるのだろうかと、幼い頃は疑問に思っていた。この屋敷に仕えてから、旦那様が笑うのを見たことは未だにない。
パッサン卿が鷲のようだとしたら、旦那様は蛇のような人だ。
貴族社会で勝ち残るためのしたたかさと傲慢さが体中からあふれている。
「ご機嫌麗しゅう、お父様」
お嬢様がゆっくりと頭を下げると、「ああ」と一言だけ返事がある。
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