第76話 強い決意で

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第76話 強い決意で

 レイチェルお嬢様の言葉で、私はそれ以上なにも言うことはできなかった。私だけではない、ライラ様もマリーもみんな眉をひそめながら口を開くことはなかった。  旦那様は私に荷物をまとめて本館に移るようにと告げた。それ以上は話すことなどないという態度で、レイチェルお嬢様や私たちは本館を追い出された。  別館に戻る最中、誰も口を開かなかった。  自室につくと、ごめんなさいとお嬢様が呟く。  しかしこちらをみたお嬢様は、謝罪の言葉に反して強い目をしていた。 「今はお父様に逆らわない方がいいと判断したわ。お父様なら、主人にたてついた使用人一人を辞めさせるくらい造作もないのだから」  それは、私の頭にもよぎったことだ。  仮に、旦那様の機嫌をそこねてバルド家から追い出されたとしたら、私は今後貴族社会では生きられないだろう。 「しかし、お嬢様。私はたしかにバルド家の使用人ですが、なによりもレイチェルお嬢様を主人としてお仕えしてきたのだと思っています。ライラ様も素晴らしいご令嬢ですが、レイチェルお嬢様以外を主人とするのは――」  言いかけて、私は口をつぐんだ。  お嬢様が困ったように、そしてすこしだけ嬉しそうに微笑んでいたからだ。 「ありがとうリーフ。わたくしも、リーフが使用人でいてくれてよかった。ずっとずっと、そばにいてくれてありがとう」  知らないうちに握り込んでいた私の拳をお嬢様の手が包んだ。  幼い頃から、私はお嬢様にお仕えしてきた。  奥様が生きていて幸せだったときも、全てが壊れて絶望したときも、もう一度頑張ろうとお嬢様が顔を上げたときも。 「リーフにはたくさん頼ったし、甘えてしまったわ。だからリーフがいなくても自分を誇れるように頑張りたいの。それに今はマリーやレオン、パッサン卿にエマにディーもいてくれる。だから、わたくしのことは心配しないで」  お嬢様は微笑んだ。そして次には真剣な目に変わる。 「お父様がわたくしを疎んでいるのは今日のやり取りでよく分かったわ。たしかにわたくしはバルド家の名に傷をつけた。でもだからこそ、社交界で地位を確立して、バルド家に恥じない自分になりたい。必ずお父様にわたくしのことを認めさせる。そして、リーフを取り戻してみせるから――」  だからそれまで待っていて、とお嬢様は言った。ひたすらに前を見据える赤い瞳で。  お嬢様は私のことを考えて旦那様に従うことを選んだ。けれど諦めたわけではない。それが痛い程に理解できてしまった。 「――お嬢様は、もうご立派ですよ」  私はそれだけ言って、不器用に笑ってみせた。お嬢様はもうじゅうぶん、強くて、優しくて、私にとって何よりの誇りだ。
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