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第79話 彼女の違和感
ジルにエスコートされるライラ様は、やはりふらふらと足元がおぼつかない。馬車に乗り込むと軽く息を落とす。
「ライラ様、お加減が悪いようですが」
「最近あまり眠れなくて――、でも大したことないから大丈夫よ」
ライラ様は微笑んだが、いつもより元気がないのは明らかだ。珍しくジルが眉をひそめた。
ライラ様は最近とくに体調を崩しがちだったようだ。私が本館に移ったあたりから、さらに悪化していた。ジルは、旦那様の行いのせいで精神的にも疲れているのだろうと言っている。
旦那様の期待を受けながら、それを裏切ってレイチェルお嬢様を押し立てようとするライラ様は、板挟みの状態なのだろう。
「リーフは、もう本館にも慣れた? お仕事大変じゃないかしら。ジルは可愛い子をいじめるときがあるから、困ってない?」
「いいえ、お気遣いいただきありがとうございます」
むしろ仕事がなさすぎて暇だ、とは言えない。仕事をくれないというのも、ある意味いじめではあるが。
「何かあれば言ってね。本当はリーフがはやくお姉様のもとに戻れるようにしてあげたいのだけど、お父様も頑固だから難しそうで――、だからせめて困っていることがあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「はい。ありがとうございます。ライラ様は本当にお優しいですね。私なんかにここまで優しくしてくださって」
「ううん――」
ライラ様はぎこちなく笑って口を閉ざした。
最近、気づいたことがある。
ライラ様は「優しい」と褒められると表情が硬くなる。今までも、何度かライラ様といるときに感じた違和感だった。
庭の秘密の場所で私と話したときも、レイチェルお嬢様がライラ様と和解したときも。「優しい」といわれると、ライラ様は困ったような、気まずいような、そんな顔をする。
でも、どうしてだろう。そこは、私が踏み込んでいい領域だろうか――。
私は考えて、何も言わないことにした。
レイチェルお嬢様とライラ様が和解したあのとき、ジルは「詮索するな」とでもいうように私に合図を送った。
ライラ様は何か私の知らない思いを抱えている。けれど、それを私に言う気はまだないのだと思う。言いたくないことを無理やり聞くのはどうかと思った。
それでいいだろうかとジルをみれば、彼はただいつものように微笑んでいた。
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