第86話 聖女か悪女か1

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第86話 聖女か悪女か1

「私は、父と母に愛されて育ったと自負しています。お母様は優しくていつも私と遊んでくださった。ジルも私が生まれたときからずっとそばにいてくれて、とても幸せでした」  ジルは幼い頃にライラ様の母であるアンナ様に仕えだしたのだという。文字通り、ライラ様が生まれたときからジルはそばにいた。  時々、彼がライラ様を見る目は兄のようだと思うときがある。多分、私とレイチェルお嬢様の関係とはまた違う繋がりが二人の間にはある。 「幸せでした。でも、所詮お母様は正妻ではなくて。お父様は私たちにとてもよくしてくれていたけれど、やっぱり一番大事なのはバルド家の屋敷のことで。私は、だから――、お姉様のことが羨ましかったんです」  しばらくして、正妻であるレイチェルお嬢様の母君が亡くなった。ライラ様とその母であるアンナ様がバルド家に迎え入れられて、バルド家の中に不穏な空気が流れはじめた。 「お父様は私をよく可愛がってくれました。お姉様よりもずっと私によくしてくれているのは分かった。お姉様のことは可哀想だと思ったし申し訳なくもあったけれど。――お姉様よりも愛されていると思うとすこしだけ気分はよかったんです」  私は驚いてライラ様を見た。レイチェルお嬢様が苦しんでいる間、ライラ様は優越感をもっていたと、そういうことだろうか。  私の考えがあっているとでもいうようにライラ様が頷く。 「リーフにとっては気持のいい話ではないと思う。でも私はそういうひどい人間だから。――でもお母様は、本当にお姉様のことも愛していたわ。優しい母だった。だから私もね、お姉様とは仲良くなりたいと思うようになったのよ。でも、そんな母が突然死んでしまった」  アンナ様の死。それは先妻の呪いだと噂されたものだ。 「憎かったんです。あんなに優しい母がどうして呪われなければいけないのか分からなかった。そのうち、前の奥様のこともお姉様のことも憎らしく思えて――、お姉様が別館に移されたことですこしだけ気が楽になりました。それに、お姉様を庇えばみんなから「いい子ね」って褒められたから。だから、私がお姉様に優しくしたのは自分のためでした」  見方や立場を変えれば、世界はがらりと変わる。私はレイチェルお嬢様の側からしかこの世界を見ていなかった。バルド家の屋敷で辛い思いをしているのはレイチェルお嬢様だけだと勝手に思っていたが、本当はライラ様も同じように苦しんでいたのだということだろうか。  足元がくずれていく感覚がした。今まで自分の信じてきた世界が崩れるような。
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