第88話 叱るでもなく

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第88話 叱るでもなく

「人を羨ましく思うのも、憎むのも、人間には当然の感情だと私は思います。今の話を聞いたところで、あなたが特別醜いだなんて私は思いません」  夜風がさわさわと王子の金髪を撫でる。 「自分の過ちを恥じるライラ嬢は、やはり優しい方だと思いますよ」 「そんなこと」 「ただ一つ言うとすれば、あなたはすこし卑怯ですね」  王子は叱るわけでもなく、ただひたすら柔らかい語調をしていた。 「レイチェル嬢は真摯にあなたと向き合おうとしてくれたのでしょう。そうであれば、あなたも本音でぶつかる誠意を見せるべきではないかと思います。あなたはまだレイチェル嬢に本音でぶつかっていないのでしょう」 「本音を――? 今の話を打ち明けて、謝るべきということですか。でも今更そんなこと――、妹に憎まれていたなんて知らない方がお姉様のためではないですか。きっとお姉様を傷つけてしまう。だったら私は黙っていた方が」 「たしかに、きっとレイチェル嬢を混乱させてしまうでしょうね。あなたたちはどう思いますか」  王子は私とジルを見た。青い瞳が優しく光って細められた。  ジルは、一瞬口をつぐんで思案し、「殿下に同意します」と身を折り曲げる。 「悪いことをしたと思っているのなら、謝罪するのが筋ではないかと。殿下がおっしゃるように、レイチェル様は誠意をもってお嬢様に向き合ってくださいました。なのにお嬢様だけ逃げていることは失礼だと思います。奥様もご存命でいらっしゃったら、今のライラお嬢様をみてお叱りになると思いますよ。悪いことをしたらきちんと謝りなさいと、私もよく奥様に言われたものですから」  ジルは眉をさげて笑った。珍しい顔だ。在りし日のアンナ様との想い出が蘇っているのだろうか。  ふいにジルがこちらを向いて、リーフはどうですかと問う。 「私は――」  ライラ様が不安そうに私をみているのが分かる。  自分の気持ちが整理できていないのに、考えを求められても困る。
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