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第89話 それぞれの想い
誰も口を開かない。必死に言葉を探して、私は息を吸いこんだ。
「正直今、とても驚いています。だから多分、レイチェルお嬢様もこのお話を聞けば困惑すると思います。いっそこの話はしないでいた方が、お嬢様にとってはいいのかもしれません」
ライラ様が言うように、打ち解けたと思った妹が自分のことを憎んでいたなんて知らない方がいいと思う。お嬢様の心にいらぬ波風を立てるだけなのかもしれないのだ。
でも。
「ライラ様がこれ以上傷つくことも、レイチェルお嬢様は望まないと思います。それに、今のお嬢様はとてもお強くなられました。妹の悩みや苦しみを受け止められる姉になりたいと、お嬢様は思っているはずです。ですから、お話をしてみてはいかがでしょうか」
きっとお嬢様なら大丈夫。そんな気がする。
ライラ様は私たちの言葉を聞いて俯いた。私たちがなにを言ったところで、最後に決めるのはライラ様自身だ。
庭の木々の上で鳥が羽ばたく音がした。
「――謝りたいです」
小さな声がする。
「ちゃんと謝りたい。お姉様に」
顔を上げたライラ様の瞳にはたしかに光が灯った気がした。王子は一つ頷いて、ライラ様を見つめる。
「きっと大丈夫」
「はい」
さらりとライラ様の頭を撫でる。ライラ様は頬を染めて不器用に微笑んだ。王子は名残惜しそうに手をひくと、「さて」とガラス戸に歩み寄る。
「そろそろ戻らなければ。臣下たちが探しているでしょうし、サボるのもほどほどにしなくてはいけませんね。ライラ嬢、もし気分がよくなりましたら私と踊っていただけますか」
「ええ、もちろん。――殿下、ありがとうございました」
「いいえ。本当に、姉妹よく似ていらっしゃる。あなたもそう思うでしょう」
くすりと私に笑いかける王子に頷いた。たしかに、レイチェルお嬢様とライラ様はよく似ている。
ライラ様は去っていく王子の後ろ姿を見送った。
「殿下は素晴らしいお人ね、お姉様にとてもお似合いだわ――」
撫でられた髪に王子の手の温かさを探すように触れる。どこか寂しそうな声だった。私はライラ様をじっと見つめた。その動作はまるで――。
「お嬢様、何かお飲み物をお持ちしますね。お疲れになったでしょう」
ジルは微笑んで、会場に戻ろうと振り返る。彼は困ったように笑っていた。
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