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第90話 予感
それから暫くの間バルコニーで休んで、ライラ様は会場に戻った。気分は未だ優れないようだったが、王子との約束を守るためだ。
貴族の話し相手をしていた王子はライラ様に気づくと話を切り上げて、その手を取ってダンスホールの中央に向かう。親し気に踊る二人に「お似合いですわ」とどこかの令嬢が悔しそうに呟くのが聞こえた。
「リーフ」
ふと声をかけられると、そこにはディーがいた。
長身で美しい深緑の髪をもつディーはこの人混みの中でもよく目立つ。色々な貴族がディーに熱い視線を送っているが、きっと彼のことだから全て一蹴しているのだろう。
「久しぶりですね。最近なかなか会えなくて寂しかったんですよ。レイチェル様から事情は聞いていますが――、父君も迷惑なことをしてくれますね」
「こんなところで悪口なんて言ってはいけませんよ。さっき、お嬢様と踊っているのを拝見しました。相変わらずとても綺麗でしたわ。お嬢様は今どちらに?」
「レオンとマリーに付き添われて休んでいらっしゃいます。今日はたくさんの人からダンスを申し込まれていて大変そうでしたよ。レイチェル様もすっかり人気者ですね」
「そうですか、それは何よりです」
レイチェルお嬢様とは行き違いになってしまったようだ。ダンスが美しかったと一言だけでも告げたかったのだが。
ディーは全てを見透かすような深緑の瞳で、ダンスホールの中央で踊るライラ様をじっと見た。
「あの方、レイチェル様の妹君ですね」
「ええ。ライラ様です。それがなにか?」
「いえ――」
ディーはわずかに眉をひそめたが、なんでもないと頭をふって去っていった。その後ろ姿が妙に心をざわつかせた。あの目でなにを見たのだろうか。
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