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1 バケモノ
「ありがとうございました」
その店員は満面の笑みで、俺たちを送り出してくれた。
左側だけに出来たえくぼが可愛らしい。
「今の店員、可愛かったな」
隣で無表情にポテトを食べ歩いている相棒に声をかけると、相棒はこちらにチラリと流し目を送って、ぼそりと言った。
「今の子バケモノですよ」
「ええ~」
俺は哀れな声を出す。
「何?上がってきたの?対象は?観察?警戒?……浄化?」
立て続けに質問する俺に、相棒はポテトを口にくわえたまま答えた。
「上がってきてませんよ、何も。だいたい、情報は先にマルさんにいくでしょうが」
「じゃあ、なんでバケモノって分かるのさ」
相棒は口に人差し指を立て、ㇱッと小さく言った。
「マルさん、声が大きいです。バケモノは差別用語ですよ」
声を潜めたまま、相棒は続けた。
「見れば分かります」
「マジか……何したんだろ、あの子。あんなに可愛いのに」
本気で悩みかけた俺を、相棒…アキラは呆れた顔で、チラリと見た。
「犯罪者に顔は関係ないですよ」
二〇ⅩⅩ年。増え続ける犯罪者に、国の刑務所は飽和し、囚人を養う費用は国庫を圧迫していた。このままでは、犯罪者たちのせいで国が傾いてしまう。しかし、今更死刑制度を復活させるわけにもいかない。早く更生させて、社会に戻そうとした動きもあったが、再犯率が跳ね上がり、より凶悪な犯罪が増えた為、世の中の治安は悪くなり、犯罪者はより刑期を伸ばして収監される羽目になった。
そんななか、救世主のように開発されたのが、この施術法である。
犯罪に繋がる攻撃的な行動を引き起こす負の感情だけを、抜き取る施術である。正確に言うと、その感情が起きる電気信号を発生しないようにするという。
怒り、嫉妬、欲深さ、復讐心。もしくは性的興奮。そういったものを、対象者から根こそぎ抜き取る。抜き取られると、対象者はそういったものを感じることがなくなる。よって、犯罪に走らなくなる。
この施術を開発した者は、常々こう言っていた。
「怒りが犯罪を生み出す」
そこでこの施術はこう名付けられた。
ロストアンガー
罪を犯して、懲役刑になった者は、実刑かロストアンガーか選ぶことができる。ロストアンガーを受ければ、再犯の心配はないということで、一ヵ月の経過観察の後、いわゆるシャバに戻される。
ロストアンガーを受けて戻ってきた者は、生まれ変わった者として、もう犯罪者として扱われることはない。今度は、犯罪者扱いした者が罰せられるのだ。
ただ、人というものは「はい、そうですか」と簡単に切り替えられるものではない。
過去に犯した犯罪が消えるわけでもないし、被害者にとってなかったことになるわけでもないのだ。
人々は税金の値上げと治安の悪さから身を守るために、一応はロストアンガー法に納得したが、心から受け入れたわけではないことを示すために、ロストアンガーを受けて戻ってきた者をこう呼んだ。
バケモノ、と。
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