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とにかく冴子が電車を降りてくれないと、どこに行こうとしているのか分からない。
当然電車のスピードと徒歩のスピードは違うから、俺たちはバマホに表示される対象の移動スピードで、対象が何で移動しているのか推測する。早ければ電車か車、遅くなれば徒歩。だが都心は乗り換えも多い。スピードが落ちたからと言って、すぐには判断が付かない。
アキラと二人、半ばケンカしながら、ああでもないこうでもないと言っているうちに、やっと冴子は電車を降りたようだった。
「これは、目的の駅につきましたね」
アキラの言葉に俺は頷いて、ため息と共に首都高を下りる。
「こりゃ、どこに入ったか検討つけるの大変だぞ」
都心のど真ん中のオフィス街。ビルが密集し乱立しているこの地区で、バマホの性能では、どのビルかまではすぐに特定できない。
バマホのナビ性能はカーナビ程度だ。
目的地周辺までしか分からない。この辺りは建物がありすぎる。更に建物内でもフロアごとに分かれていたりするから、お手上げ状態だった。
そこで俺たちの足と目で探そうと思っても、この人の多さでは、見つけられる可能性は低かった。
それでもバマホと共にアキラを先に降ろし、俺は車をとめに行った。車のままでは動きにくい。
近くのコインパーキングはどこも満車で、俺は焦りながらも、少し離れた駐車場にとめられたところで、アキラから電話がかかってきた。
「マルさん?多分、ここだと思うんですけど」
アキラが告げたのは、病院ばかりが入っているビルだった。バマホの点滅はここで止まっているらしい。ただ、冴子の姿は確認していないので、そのビルのどのフロアにある病院に入ったかは分からないと言う。
「……何科がある?」
病院に入ったのなら、しばらくは動かないだろう。俺は可能な限り早歩きしながら、アキラに尋ねた。
内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、整形外科、眼科、歯科……一通り揃っているようだった。そして……
「産婦人科」
最後にアキラがそう言ったのを聞いて、俺は急いでいた足を一瞬止めた。
「アキラ、お前、とりあえずその産婦人科に入れ」
「ええっ?」
「俺は一応、ビルの入り口張っておくから」
ただの体の不調では、家族を欺いてこんなところまで来ないだろう。家族にバレたくないのだとしたら……
「入ってどうするんですか?」
混乱しているアキラに「保険証持ってるだろ?」と言ってやる。
「ええ?わたし産婦人科に用なんてないですよ!」
そう、冴子はあったわけだ。
「生理不順とでも言っておけ」
「はぁ?セクハラ!」
どうやら正気に戻ったらしい。元気に大声を出すアキラを「まぁまぁ」と電話越しに宥める。
「冴子を確認したら、それでいいから。それとも、妊娠したかも、とでも言うか?」
悪質な冗談を言うと、電話はブツッと切られてしまった。
俺はまた速足に戻り、現場に急いだ。
冴子が妊娠しているとして、誰の子だ?
張っていたのは二週間足らずだが、冴子は職場であるレンタルショップと自宅の往復しかしていない。そのほかの場所にいたのは、初日に見たあの土手だけだ。男の影どころか、友人に会っている所も見ていない。
あの妙に馴れ馴れしいという店長だろうか?
だがアキラが言うには、冴子は店長に一ミリも好意を持っておらず、むしろ嫌がっているという。
店の外で一緒にいるところも見たことがない。
だからと言って、何もなかったとは言い切れないが……。
他には…と眉間にしわを寄せたところで、妊娠と決まったわけではないことを思い出した。事実確認が先だ。俺は先を急いだ。
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