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病院の入っているビルの入り口で、いかにも待ち人を待っている風体でソワソワしていると、アキラがビルから出てきた。もの言いたげな顔で俺を一瞥し、「ごめん、待った?」と手を上げた。俺たちを見て、他人はどんな関係を想像するだろう?
恋人…はないな。夫婦はもっとない。叔父と姪くらいか?親子だと思われないといいが、と俺はどうでもいいことを考えた。
それから時を置かず、冴子が出てきた。
俺たちには目もくれず、まっすぐ歩いていく。幾分、いつもより歩くスピードが速い気がした。
俺の予想は当たっていたらしい。
冴子を見送って、アキラを見ると、アキラは肩をすくめた。
「ビンゴです。冴子は妊娠しているか確かめたかったようです。妊娠三ヶ月。分かった途端、中絶を希望していました」
俺は少し驚いて、アキラを見た。
「お前、よくそんなことまで分かったな」
まさか診察室まで一緒に入ったわけではあるまい。
アキラは思いっきり馬鹿にしたように目を細めると、自分のカバンを叩いた。
「なかよしマートのおもちゃ、ちゃんと持ち歩いてるんですよ」
「なかよしマートのおもちゃ」とは、ロストアンガー対策室が作成した機密機器である。ボタンほどの小型カメラ、マグネットほどの盗聴器など……。素人には何に使うのか分からないものもあるが、とりあえずロクなものはない。なかよしマートは、ロストアンガーなどというものを扱っているだけあって、こういうヤクザで精巧なものを作る技術に長けているのだ。
アキラはどういう方法でか、冴子に盗聴器を付けたのだろう。拾った音は、ブルートゥースイヤホンでリアルタイムに聞こえてくる。
「カバンに付けただけなんで、家の中では役に立たないかもしれませんが」
冷めた顔でそう言う。
まったく、いつの間にこんな子に育ったのか。
俺はため息をつくと、アキラの頭を撫でた。
「よくやった。立派ななかよしマートのスタッフだな」
アキラは鼻にしわを寄せた。俺はもちろん、アキラがそう言われるのを嫌っていることを知っている。
成果を上げてきて怒れないので、嫌味を言っただけだ。
「その後の冴子の態度が気になりました」
アキラはチラリと俺の顔を見る。「知りたいでしょう?」という顔だ。
「その後?」
俺は負けを認めて、アキラに先を促した。
「冴子は、今日、すぐに手術をしてくれと言いました。それは無理だと医者が答え、そもそもお腹の子の父親の承諾書がいると告げると、ひどく動揺したようで……」
アキラの目が言葉を探すように、宙を彷徨った。
「……あれは、錯乱してたんだと思います。音が乱れていて、聞き取れませんでしたが」
実際、待合にまで大きな音がして、待っていた人々が一様にギョッとしたという。
「ただすぐに静かになって、『他をあたります』とだけ言って、出てきたみたいです」
先ほど出てきた冴子の様子を思い出す。錯乱した様子など見当たらなかった。顔つきはいつもと変わらない。店での顔ではなく、自宅に帰る時の顔だ。
ただ、急かされているようにも見えた。追われているような、と言ってもいい。
何に?
「戻るか」
言いながら、アキラから受け取ったバマホを見る。
冴子は駅に向かっているようだった。
レベルは……3。
中期警戒レベル。
「上がった」
俺が短くそれだけ告げると、アキラも固い顔で頷いた。
予想していたとはいえ、失望は隠せない。
妊娠がトリガーであるのは間違いなかった。
一体誰との?
そして冴子はどうするつもりなのだろう?
ロストアンガーを受けた彼女が、極端な行動に出るとは考えられない。
今回のことだって、驚いたくらいだ。
どう事が進んでも、冴子にとっては最悪な方向に向かっている気がする。
「急ぐぞ」
冴子が電車に乗るだけでも、恐ろしい気がした。
バマホの点滅のスピードが上がった。電車に乗ったらしい。自宅に向かう方角だ。
俺たちは車をとめたコインパーキングに急いだ。
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