3 秘密

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  病院の入っているビルの入り口で、いかにも待ち人を待っている風体でソワソワしていると、アキラがビルから出てきた。もの言いたげな顔で俺を一瞥し、「ごめん、待った?」と手を上げた。俺たちを見て、他人はどんな関係を想像するだろう?  恋人…はないな。夫婦はもっとない。叔父と姪くらいか?親子だと思われないといいが、と俺はどうでもいいことを考えた。  それから時を置かず、冴子が出てきた。  俺たちには目もくれず、まっすぐ歩いていく。幾分、いつもより歩くスピードが速い気がした。  俺の予想は当たっていたらしい。  冴子を見送って、アキラを見ると、アキラは肩をすくめた。 「ビンゴです。冴子は妊娠しているか確かめたかったようです。妊娠三ヶ月。分かった途端、中絶を希望していました」  俺は少し驚いて、アキラを見た。 「お前、よくそんなことまで分かったな」  まさか診察室まで一緒に入ったわけではあるまい。  アキラは思いっきり馬鹿にしたように目を細めると、自分のカバンを叩いた。 「なかよしマートのおもちゃ、ちゃんと持ち歩いてるんですよ」 「なかよしマートのおもちゃ」とは、ロストアンガー対策室が作成した機密機器である。ボタンほどの小型カメラ、マグネットほどの盗聴器など……。素人(俺たち)には何に使うのか分からないものもあるが、とりあえずロクなものはない。なかよしマートは、ロストアンガーなどというものを扱っているだけあって、こういうヤクザで精巧なものを作る技術に長けているのだ。  アキラはどういう方法でか、冴子に盗聴器を付けたのだろう。拾った音は、ブルートゥースイヤホンでリアルタイムに聞こえてくる。 「カバンに付けただけなんで、家の中では役に立たないかもしれませんが」  冷めた顔でそう言う。  まったく、いつの間にこんな子に育ったのか。  俺はため息をつくと、アキラの頭を撫でた。 「よくやった。立派ななかよしマートのスタッフだな」  アキラは鼻にしわを寄せた。俺はもちろん、アキラがそう言われるのを嫌っていることを知っている。  成果を上げてきて怒れないので、嫌味を言っただけだ。 「その後の冴子の態度が気になりました」  アキラはチラリと俺の顔を見る。「知りたいでしょう?」という顔だ。 「その後?」  俺は負けを認めて、アキラに先を促した。 「冴子は、今日、すぐに手術をしてくれと言いました。それは無理だと医者が答え、そもそもお腹の子の父親の承諾書がいると告げると、ひどく動揺したようで……」  アキラの目が言葉を探すように、宙を彷徨った。 「……あれは、錯乱してたんだと思います。音が乱れていて、聞き取れませんでしたが」  実際、待合にまで大きな音がして、待っていた人々が一様にギョッとしたという。 「ただすぐに静かになって、『他をあたります』とだけ言って、出てきたみたいです」  先ほど出てきた冴子の様子を思い出す。錯乱した様子など見当たらなかった。顔つきはいつもと変わらない。店での顔ではなく、自宅に帰る時の顔だ。  ただ、急かされているようにも見えた。追われているような、と言ってもいい。  何に? 「戻るか」  言いながら、アキラから受け取ったバマホを見る。  冴子は駅に向かっているようだった。  レベルは……3。  中期警戒レベル。 「上がった」  俺が短くそれだけ告げると、アキラも固い顔で頷いた。  予想していたとはいえ、失望は隠せない。  妊娠がトリガーであるのは間違いなかった。  一体誰との?  そして冴子はどうするつもりなのだろう?  ロストアンガーを受けた彼女が、極端な行動に出るとは考えられない。  今回のことだって、驚いたくらいだ。  どう事が進んでも、冴子にとっては最悪な方向に向かっている気がする。 「急ぐぞ」  冴子が電車に乗るだけでも、恐ろしい気がした。  バマホの点滅のスピードが上がった。電車に乗ったらしい。自宅に向かう方角だ。  俺たちは車をとめたコインパーキングに急いだ。
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