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「矢島さん?大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、冴子は検分していた返却商品から、ぼんやりと顔を上げた。
顔が少し赤い。目が潤んで、視点が定まっていない。体調が悪いのは明らかだった。
「ああ、ええ」
冴子は中途半端な返事をして、大儀そうに立ち上がった。
「大丈夫……」
言いかけて、ふらりと身体が揺れて、たたらを踏んだ。足がふらつくらしい。
俺は咄嗟に支えようと腕を伸ばしたが、冴子はかろうじて自分で踏みとどまった。
「体調悪いんじゃないですか?顔も赤いですよ」
熱を計れば、きっと発熱しているだろう。
「今日は帰らせてもらったら……」
俺が言いかけると、冴子は慌てたように首を振った。そのせいで、頭痛がしたのか、顔をしかめる。
「大丈夫、大丈夫よ。でも、ごめんなさい。ちょっといいかしら?薬持ってるから、飲んでくるわ」
そう言ってカウンターを離れると、休憩室に入って行った。
それを見送ってから、俺は気が付く。
ちょっと待て。
妊娠中って、薬はまずかったんじゃなかったか?
俺が慌てて、休憩室に飛び込んだとき、冴子はちょうど薬を飲み込んだところだった。
水を入れたコップを持ったまま、驚いた顔で俺を見る。
「真田さん?どうしたの?」
急に飛び込んできた俺に、身構えている。
馬鹿か俺は。
俺が冴子の妊娠を知っているわけがないんだ。そんなことを言ったら、たちどころに警戒と恐怖の目で拒絶されるだろう。
「あ、いや。具合悪そうだったんで、一人で大丈夫かなと」
しどろもどろにそう言ってみせると、冴子はフッと警戒を解いた。
「大丈夫よ。子どもじゃないんだから」
彼女の手元にある薬のパッケージに、チラリと目をやる。
風邪薬と解熱剤。両方飲んだのか。
妊婦に薬はあまりよくない。胎児に影響が出るからだ。
それを冴子が知らないという可能性も、もちろんある。
でも、俺はうすら寒い予感がしてならない。
冴子は妊娠しているという気配すら漂わせない。その事実を知っている俺でさえ、「妊娠の可能性」の気配を見つけることができない。
もちろん妊娠初期だし、お腹も出ていない。つわりがなければ、体調も変わらないのかもしれない。
だけど、それにしたって、冴子は以前と少しも変わらず過ごしている。まるでお腹の子のことなど、忘れたかのように。
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