4 罪

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「冴子、自宅に入りました」  見えないように耳の裏に仕込んだイヤホンから、アキラのくぐもった声が聞こえた。  真っすぐ帰ったんだな。  時計を見上げてため息をつく。  結局、冴子は勤務終了予定時間まで店にいて、帰っていった。薬を飲んでからは楽になったようだが、それでも目は潤んだままだった。解熱剤で熱が下がって動けても、体調はよくなってはいない。  店を出て到着時間から考えて、真っすぐ無事に帰ったのだと安堵したが、冴子はいつでも真っすぐ帰る。  冴子が仕事を上がってから、きっかり四十分。電車で帰るせいもあるかもしれないが、冴子は早番の時、遅番の時、それぞれいつも決まった時間にきっかり着くのだ。 「今日は父親はまだ帰宅していないようです。冴子が一人で入って行きました」  俺は再び安堵のため息を漏らし、時計を見た。  あと三十分ほどで、俺も上がりだ。 「もうしばらくそこにいてくれ、後で合流する」  奥の陳列棚を整理するふりをして、俺が小声で囁くと、「了解」とアキラの短い返事が返ってきた。  アキラによると、何も毎日両親二人で冴子を出迎え、家に入れているわけではないらしい。  父親の帰宅が早い時間、もしくは休みの日に、父親が出迎える。それに母親がくっついてくるらしい。父親がまだ帰宅していない時は、母親は玄関先までも出て来ない。  まぁ、それが普通と言えば普通だが、冴子は帰ってきて、母親の家事を手伝い、食事を済ませ、さっさと自室に戻るらしい、というのが、アキラからの報告だ。 「なんだか、父親が帰ってくる前に、終わらせてしまおうって感じなんですよね」  それからもう一つ、アキラは気になることを報告していた。 「なかよしマートのおもちゃ」を仕掛けに、野島家に忍び込んだ際、もちろん冴子の部屋も見つけたのだが、そのドアに物騒なモノが仕掛けられていたというのだ。 「外鍵です」  冴子の部屋のドアの外側に、鍵が付いていたというのだ。  部屋の外に鍵をつけるということは、中に入った人間が出られないようにしているということだ。つまり、両親が冴子を閉じ込められるようにしている、ということだ。  そして冴子はそれに甘んじている。  この鍵は、今も使われているのか、それとも過去に使われていたものなのか。  盗聴器の音声を二人で確認したが、それは分からなかった。 「お疲れさまでしたー。お先です」  時間きっかりに俺がそう言って店を出ようとすると、店長はチラリと時計を見上げ、渋い顔で「お疲れさま」と不機嫌な声で返した。上田さんは「また明日ね」と手を振ってくれる。  俺はペコリと頭を下げ、店を後にした。  バイクを走らせながら、「大丈夫」と言った冴子の顔を思い出した。その顔は一瞬怯えたように歪んだ。あの時頭痛のせいかと思ったが、もしかしたら、冴子は家に帰されるのが怖かったのだろうか。  今のところ、野島家では何も起こっていない。  だが、不穏な要素はそこかしこにある。
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