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「とりあえず、ここまでだな」
野島紗英子はたっぷり三十分、土手沿いで立ち尽くした後、何事もなかったかのように、そのまま出勤していった。
彼女の仕事先は、DVDやゲームを扱う小さなレンタルショップだった。
「え、店に入ってみないんですか?」
アキラは不服そうに言うが、店が小さいので危険だ。彼女は川ばかり見ていたように見えたが、土手に座っていた俺たちに気が付いていなかったという保証はない。土手沿いにいたことがバレたら、警戒させてしまう。
俺はバマホのレベルをチラリと見、まだレベル1であることを確認すると、アキラの頭を軽く叩いた。
「今は止めておこう。夕方、客のふりをして店に入ってみる。入るだけだぞ。その後、帰宅後の彼女を尾行して、住んでいる所を特定する」
「……彼女、夕方までいるんですかね?」
的確な疑問をアキラがぶつけてくる。それはそうだ。昼までの短時間労働かもしれない。
「まぁ、その時はまた明日だな」
俺がそう言うと、アキラは鼻を鳴らした。
「呑気だなぁ。知りませんよ、手遅れになっても」
俺はもう一度バマホを見た。
レベル1、まだ大丈夫だ。焦って、警戒される方が怖い。
「つべこべ言わず、先輩の言うことをきく」
俺がビシッ言ってやると、アキラはサラッと「パワハラですね」と言って、歩き出した。
「じゃあ、先にホテルに帰っていますね。夕方まで寝ときます」
パワーを感じていない奴にパワハラもないだろう。
俺は頭を掻くと、アキラとは反対方向に歩き出した。もうすぐ十時になる。図書館が開く時間だ。
スマホで検索してみたが、野島紗英子がおこした事件は出て来なかった。十二年前まで遡ってみたが、当たりはなかった。少年犯罪にロストアンガーは適用されない。だとしたら、本当に小さな事件なのかもしれない。殺人ではなく傷害事件。
その頃東京にいたかもわからないので、見つけられる可能性は低かったが、新聞を洗ってみることにした。
俺たちが事件の背景を知り、浄化対象に情をかけてしまうことを避けるため、対象者の事件の詳細は教えてもらえない。対象は確実に浄化しないと、周りに甚大な被害が及ぶ可能性があるからだ。それが分かっているから、俺もあまり事件には深入りしない。後味が悪くなるだけだ。
だが、野島紗英子が土手に立ち尽くし、川を三十分以上も眺めていた様子が気になった。その様子は、絶望しているとか、悲しみに暮れているといった風には見えなかった。
魂が抜けている。そんな気がした。
ただ、時間になると、きちんと出勤した。人としてきちんと生きている証拠だ。
一度ノイズが生じると、それが消えることはない。ペースの差異はあるが、レベルは上がっていく。あとは他の原因で死ぬのが先か、レベル5になりクラッシュするのが早いかである。
なぜ彼女にノイズが発生してしまったのだろう。
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