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「入るだけって言わなかったか?」
俺は先輩らしく、厳しい顔をして、アキラを見た。アキラはすました顔で、メロンジュースを飲んでいる。
「DVD借りた方が、自然でしょう?」
カードも作りました、とカードを見せてくる。俺はがっくりと頭を落とした。
「レベル2になったんだよ」
呻くように言うと、アキラは「そうですか」と答えた。
「初期警戒レベルだ」
重々しく言うと、アキラも深く頷いた。
「矢島さんの隣にいた…店長らしいのですが…店長が、やたらと矢島さんに近かったです」
アキラが全く違うことを言ったので、一瞬反応しそこなったが、俺は息を吐いて訊いた。
「矢島さん?」
「矢島冴子、っていうのが今の名前みたいです。社員証を首にかけていました」
俺は頷いて、先を促した。
「店長は他の人と一緒にカウンターに入っている時は、そうでもなかったんですが、矢島さんと一緒の時だけ、妙に近かったです。パーソナルスペースを越えてました」
アキラが厳しい顔で言った。アキラはこの手の話には厳しい。
俺は頷き、一枚のコピーをテーブルの上に出した。地方紙の小さな記事。よく見つけたものだと我ながら思う。
野島紗英子は七年前に、ストーカーされた相手の男をバットで殴り、傷害の罪に問われた。ストーカーといっても、男性は紗英子に一目ぼれをし、話しかけたい一心で、紗英子の後ろを歩いていたらしい。それが紗英子にとっては、つけられていると感じ、しばらくすると恐怖となり、それを断ち切るために相手を攻撃した。男性は下半身マヒとなり、車いすの生活を余儀なくされている。男性が紗英子の家までついて行くことを躊躇し、途中で後ろを歩くのを止めていることから、ストーカーに対する正当防衛だという主張が却下され、紗英子には実刑判決が下った。
事件の概略はそんなところだった。
「店長にセクハラ受けて、そのトラウマがノイズになった?」
アキラが不満そうな顔で言った。納得していない顔だ。
「そんな単純じゃないでしょ」
「そうだな。それじゃ、もっとたくさんノイズ事例があるはずだ」
セクハラ、ストーカー、トラウマ。どのキーワードも見飽きるほど、見慣れている。
「あ……」
アキラが小さな声を上げたので、俺もそちらを見た。野島紗英子、改め矢島冴子が店の裏口から出てくるところだった。帰路につくようだ。
俺とアキラは黙って、会計に立ち上がった。
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