2 冴子

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「入るだけって言わなかったか?」  俺は先輩らしく、厳しい顔をして、アキラを見た。アキラはすました顔で、メロンジュースを飲んでいる。 「DVD借りた方が、自然でしょう?」  カードも作りました、とカードを見せてくる。俺はがっくりと頭を落とした。 「レベル2になったんだよ」  呻くように言うと、アキラは「そうですか」と答えた。 「初期警戒レベルだ」  重々しく言うと、アキラも深く頷いた。 「矢島さんの隣にいた…店長らしいのですが…店長が、やたらと矢島さんに近かったです」  アキラが全く違うことを言ったので、一瞬反応しそこなったが、俺は息を吐いて訊いた。 「矢島さん?」 「矢島冴子、っていうのが今の名前みたいです。社員証を首にかけていました」  俺は頷いて、先を促した。 「店長は他の人と一緒にカウンターに入っている時は、そうでもなかったんですが、矢島さんと一緒の時だけ、妙に近かったです。パーソナルスペースを越えてました」  アキラが厳しい顔で言った。アキラはこの手の話には厳しい。  俺は頷き、一枚のコピーをテーブルの上に出した。地方紙の小さな記事。よく見つけたものだと我ながら思う。  野島紗英子は七年前に、ストーカーされた相手の男をバットで殴り、傷害の罪に問われた。ストーカーといっても、男性は紗英子に一目ぼれをし、話しかけたい一心で、紗英子の後ろを歩いていたらしい。それが紗英子にとっては、つけられていると感じ、しばらくすると恐怖となり、それを断ち切るために相手を攻撃した。男性は下半身マヒとなり、車いすの生活を余儀なくされている。男性が紗英子の家までついて行くことを躊躇し、途中で後ろを歩くのを止めていることから、ストーカーに対する正当防衛だという主張が却下され、紗英子には実刑判決が下った。  事件の概略はそんなところだった。 「店長にセクハラ受けて、そのトラウマがノイズになった?」  アキラが不満そうな顔で言った。納得していない顔だ。 「そんな単純じゃないでしょ」 「そうだな。それじゃ、もっとたくさんノイズ事例があるはずだ」  セクハラ、ストーカー、トラウマ。どのキーワードも見飽きるほど、見慣れている。 「あ……」  アキラが小さな声を上げたので、俺もそちらを見た。野島紗英子、改め矢島冴子が店の裏口から出てくるところだった。帰路につくようだ。  俺とアキラは黙って、会計に立ち上がった。
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