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「あれですかね?」
アキラが、冴子が進む道の先にある家を指さした。大きな一軒家だ。
「家族と住んでるんですかね?」
「たぶんな」
バケモノが自立して、戸建てに住めるほど裕福だとは思わない。
そう話しているうちに、母親と思しき人物が件の家から出てきた。冴子はまだ門にはたどり着いていない。しかし母親は当たり前のように門のところで冴子を待ち、出迎えると、家に引き入れるように冴子の肩を抱いた。冴子は抵抗はしていなかったが、その足取りは重そうだった。そうこうしているうちに、父親らしき人物が家から出てきた。
冴子は遠目からでも、ビクッとしたように見えた。母親はすっと冴子から離れ、代わりに父親が冴子の側にピタリと寄り添った。冴子の腰に手を回し、玄関をくぐる。三人の姿は家の中に吸い込まれていった。
俺はそっとアキラを見た。
いつもやる気のない目が、見開かれている。
「……冴子はなぜロストアンガーを受けたんだろうな」
紗英子の場合、実刑といってもそんなに長い刑期ではない。確かに前科はつくが、支えてくれる家族がいて、刑期後も受け入れてもらえるのなら、ロストアンガーなどというよく分からないもので自分をいじってまで、刑を免れようとするものだろうか。
俺の疑問に、アキラは固い声で応じた。
「自分の中に、殺したい感情があったのかもしれません」
「どういうことだ?」
「刑を免れるためではなく、自分が持て余している感情を消してもらうのが目的です」
アキラの瞳は怒りでギラギラ輝いていた。
「例えば、人を殺してしまう衝動です。またしてしまうかもしれないという恐怖から、ロストアンガーを受けた」
もしかしたら……とアキラは続ける。
「その衝動が発動してしまう状況下にあるのかもしれません」
アキラはその家の表札を指さした。
「野島」
野島の家は、罪を犯した娘の名前だけを変えさせ、野島の家にそのまま住まわせていた。娘の帰りを両親揃って出迎え、二人がかりで家に入れる。冴子のあの態度。
確かに身内に犯罪者が出てしまったら、家族は世間からその事実を隠そうとするだろう。家の出入りに過敏になるのも無理からぬことかもしれない。
だが、何かしっくりこなかった。
きちんとした身なり。きちんと食べているであろう顔色。店での明るい笑顔。
家に入る直前の怯えたような反応。そして川を眺めている姿。
「見張るか」
俺が言うと、アキラは頷くが早いか走り出した。
「車取ってきます」
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