2 冴子

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「あれですかね?」  アキラが、冴子が進む道の先にある家を指さした。大きな一軒家だ。 「家族と住んでるんですかね?」 「たぶんな」  バケモノが自立して、戸建てに住めるほど裕福だとは思わない。  そう話しているうちに、母親と思しき人物が(くだん)の家から出てきた。冴子はまだ門にはたどり着いていない。しかし母親は当たり前のように門のところで冴子を待ち、出迎えると、家に引き入れるように冴子の肩を抱いた。冴子は抵抗はしていなかったが、その足取りは重そうだった。そうこうしているうちに、父親らしき人物が家から出てきた。  冴子は遠目からでも、ビクッとしたように見えた。母親はすっと冴子から離れ、代わりに父親が冴子の側にピタリと寄り添った。冴子の腰に手を回し、玄関をくぐる。三人の姿は家の中に吸い込まれていった。  俺はそっとアキラを見た。  いつもやる気のない目が、見開かれている。 「……冴子はなぜロストアンガーを受けたんだろうな」  紗英子の場合、実刑といってもそんなに長い刑期ではない。確かに前科はつくが、支えてくれる家族がいて、刑期後も受け入れてもらえるのなら、ロストアンガーなどというよく分からないもので自分をいじってまで、刑を免れようとするものだろうか。  俺の疑問に、アキラは固い声で応じた。 「自分の中に、殺したい感情があったのかもしれません」 「どういうことだ?」 「刑を免れるためではなく、自分が持て余している感情を消してもらうのが目的です」  アキラの瞳は怒りでギラギラ輝いていた。 「例えば、人を殺してしまう衝動です。またしてしまうかもしれないという恐怖から、ロストアンガーを受けた」  もしかしたら……とアキラは続ける。 「その衝動が発動してしまう状況下にあるのかもしれません」  アキラはその家の表札を指さした。 「野島」  野島の家は、罪を犯した娘の名前だけを変えさせ、野島の家にそのまま住まわせていた。娘の帰りを両親揃って出迎え、二人がかりで家に入れる。冴子のあの態度。  確かに身内に犯罪者が出てしまったら、家族は世間からその事実を隠そうとするだろう。家の出入りに過敏になるのも無理からぬことかもしれない。  だが、何かしっくりこなかった。  きちんとした身なり。きちんと食べているであろう顔色。店での明るい笑顔。  家に入る直前の怯えたような反応。そして川を眺めている姿。 「見張るか」  俺が言うと、アキラは頷くが早いか走り出した。 「車取ってきます」 
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