4人が本棚に入れています
本棚に追加
3 秘密
見張りを始めて二週間たったが、目立った動きはなかった。ノイズレベルは2のままで、店でも変わった様子はなかった。店長のセクハラは、妙に近い、馴れ馴れしいといったレベルを保っていて、それ以上に発展することはなかった。
「いつまで、ここにいるんですか?」
ちょっと気もたるんできて、家を見張っている折の車内で、不真面目にもスマホをいじりながら、アキラが愚痴をこぼした。
確かにノイズが出ても、皆がすぐにクラッシュするわけではない。何年も、ノイズレベルを保っている者もいる。
いつまでも、同じ対象者にくっついているわけにもいかない。「なかよしマート」の従業員は万年人手不足だし、長期間張り付いていると、対象にバレてしまう。
現に二週間たった今は、毎晩毎朝家の前に張り付いているわけにはいかないので、いろいろ場所を変えて待機している。この方法も、そう長くはもたない。
「そうだなぁ」
俺はノイズが出てから、短期間でレベル2まで上がったことが気になっていた。目を離した隙に、レベル3、4をすっ飛ばしてクラッシュしてしまったら困る。
「あと、二、三日しても状況が変わらなかったら、一旦引くか」
そう話していたところで、目の端に冴子を捉えた。俺は何も言わずに駅の方に車を向かわせる。いつもの時間だ。冴子の職場はシフト制で、時間も日によって違うが、遅番の日がこの時間なのは、もう把握していた。
駅に入ったのを見届けて、勤務先のレンタルショップに、そのまま車で向かった。
もはや、ルーティンに近い、いつものお決まりコースである。アキラなどは、やる気ゼロで、助手席でずっとスマホをいじっている。
「おい、アキラ。レベルチェックぐらいしろ」
相方のあまりに怠惰な態度を見かねて、俺はバマホをアキラによこした。
アキラは面倒くさそうにため息をついたが、それでもバマホを受け取り、画面を覗きこんだ。それから、しばらく縦にしたり横にしたりしていたが、おもむろに俺の方を向いて口を開いた。
「マルさん、全然違う方向に行ってますよ」
「は?」
俺は思わず大きな声を出した。間違えるはずはない。冴子が働いている店には何度も…
「途中で乗り換えてます。今日は出勤じゃないってことですよ」
俺はますます混乱した。見かけた冴子の恰好は、仕事に行くときと同じだった。毎朝見ているのだから、大体分かる。だから、今日も仕事だと思ったのだ。
「くそっ」
俺は思わず悪態をついた。気が緩んでいたのは俺だったらしい。
同じような毎日でも、冴子の中では何かが進んでいた。
仕事に行くと見せかけての外出。出勤と同じ時間、同じ服装で出かける。家族を欺くためだ。
「……都心に向かってますね」
バマホの画面を睨みながら、アキラが呟いた。右手にある自分のスマホの画面には、都内の路線図を出している。
「チッ」
俺は舌打ちをして、とりあえず首都高に向かう。都心は車では動きにくい。渋滞する上に、小回りが利かない。停まりたいときに停められない。だからといって、今から電車に乗るには遅すぎる。
完全に失態だった。
それに都心と聞いただけで、冷や汗が出る。人が多く、刺激が多い。
そんなところで、クラッシュでもしたら……
「レベルは?」
「2です……とりあえず」
アキラが無意識に、思わずつけたであろう「とりあえず」に、俺はヒュッと身が縮むのを感じた。
まだ2なら、そうぶっ飛ばしていきなりクラッシュはないだろう。
だが家族に内緒で出かけた冴子の行動に、俺は不安をぬぐい切れなかった。
「しっかり見ててくれよ」
俺がそう言うと、アキラは無言で頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!