序文・ある生化学者の独白

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序文・ある生化学者の独白

 西暦2056年、太陽系第三惑星地球に、XY染色体保持者にのみ劇症化する凶悪なウイルスが蔓延した。通称「男死病」。この素晴らしいウイルス(つい本音が出てしまいました)は、生物、水、空気を介して地球上に生息する男という男を次々と餌食にしました。いいぞいいぞー。  ホモサピエンスのオスは感染後3日以内に全員発症。極度の高熱を引き起こし、身体中の穴という穴から血を吹きだして、男どもはバタバタ死んでいった。とても痛ましいパンデミックでした。うふふふふふw  暴力と財力と権力で女を従わせていた馬鹿で無粋な男どもは、苦しみぬいて死んでいった。阿鼻叫喚の末路であった。あとには女しかいない、とても素敵なユートピアが残されていた。う~ん、最高。  女たちは共に喜び、共に笑い、時には共に悲しんで過ごした。怒りも喧嘩も嫉妬さえも、全てが愛の交歓を盛り上げるスパイスであり、教師と生徒の、上司と部下の、主人とメイドの、お姉さまと子猫ちゃんの、そして親友同士のプレイでした。やがて、彼女たちが育んだ愛は結晶となって、可愛らしい女の子を型作りました。生命の誕生です!  精確に言いますと、激しい交接でより「メス」になった者の卵子に、愛しい人の皮膚と体液を媒介した遺伝子情報がプリンティングされて、新しい命が芽生えたのでした。男死病のウイルスはホモサピエンス全員に感染しましたが、XX染色体保持者には強い繁殖能力を付与したのです。計算通り。  平たく言うと、濃厚なクンニリングスや貝合わせと、攻め手と受け手が性的に盛り上がることによって分泌されるフェロモンによって、オス猿どものおたまじゃくしにも負けない勢いで、受けの卵子と攻めの遺伝子を結びつけることが可能になったのでした。すごいでしょ。  世間では攻めっ子と思われていた方が懐妊したりすると、みんなはそれはもう驚いて、おふたりをひゅーひゅーいって冷やかしたものでした。かくいうわたくしも、攻めたつもりが攻められてしまい、激しい絶頂を何度も味わった末に、愛おしいあの人との愛の結晶を、この身に授かってしまったのです。  わたくしたちは、生まれた娘に「リリィ」と名付けました。百合の花を意味するその名前は、この美しく、時に醜いけれども、それもまた可愛らしい世界を統べる女王にのみ許された、とても気高いものでした。
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