第7章 樹の国で秋の味覚

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茹で上がった栗を触れるようになってから、縦割り半分に切って、匙で渋皮を混ぜないように繰り出す。 その地味で細かい作業が、段々楽しくなってくる。 如何に渋皮から綺麗に身を離すかを、匙の角度を変えて次々に試している内に、殻の山が出来上がっていく。 「莉堵様は根気がお有りになる。疲れて来ませんか?」 涸駝斐に訊かれて、莉堵はまた小さく笑みを浮かべて首を振る。 「楽しいわ。こういうのは、久しぶり。この小さな栗から少しずつ身を取り出して、お菓子にするには鍋一杯栗が要るわね。」 嬉しくなって微笑むと、涸駝斐が釣られたように微笑み返して来た。 「莉堵様や皆様にお出しする御夕食の下準備も、是非見ていかれると良い。中身が分かると、食べるのも楽しくなるかもしれませんからな。」 穏やかに語る涸駝斐は、やはりここへ来てから莉堵が余り食が進んでいないことを聞いていたのだろう。 「はい。・・・何だかごめんなさい。折角作ってくれていたご飯を食べられなくて。でも、少しだけ気持ちが前向きになってきた気がするんです。だから、今日は朝もお昼も、昨日までよりも食べられたんですよ。」 言い訳のように口にすると、涸駝斐は小さく頷き返してくれた。 栗の身を潰して砂糖を混ぜて練り合わせ、布巾で丸めて先をきゅっと絞る。 布巾から取り出して皿に乗せた薄い茶色の塊は、見た目は少し地味なお菓子に見える。 「潰した芋を混ぜることもありますが、栗だけで作ると、格段に上品で美味しくなります。ただ、見た目はそうは見えないでしょうが。」 涸駝斐は少しだけ口調を苦くして肩を竦めてみせた。 「さあ、味見なさって下さい。お気に召されれば、清梛様と一緒にお茶を召される時にお茶菓子にお持ち致します。」 小皿に乗せたお菓子と、小さなお茶菓子用の匙を涸駝斐が差し出してくると、厨房の奥から椅子が運ばれてきた。 「済みません。有難う。」 礼を言うと、莉堵は椅子に座ってお菓子と匙を手にする。 見守る涸駝斐の視線に、少し緊張するような気がしながら、匙で小さく切った栗のお菓子を口に入れる。 砂糖の甘みと、優しい栗の香りが口の中に広がる。 噛むとホロリと口の中で解ける栗の身は柔らかくて、焼き栗とも粥に入れた栗とも違う、確かにお茶請けに出来る上品な味わいだった。 「美味しい。」 欠けた心に何かが流れ込んで来るような、暖かい気持ちになった。 横合いから、計ったようにお茶が出てきて、そのお茶を飲みながら食べるお菓子は、とても贅沢をした時のように幸せな気分を運んで来た。 食べ終わって莉堵が片付けをしようとした時には、鍋も器具も片付いていて、食べていた皿と匙もさっと取り上げられてしまった。 手持ち無沙汰に立ち上がると、涸駝斐に手招きされる。 少しずつ慌ただしくなってきた厨房で、料理人達が作業をしているのを、涸駝斐に連れられて見学していく。 洗って切った根菜を大鍋で煮込み始めた様子を眺めて、川魚の腹を出すのを見学して、木の子の石突きを取って縦に裂く作業をしているのを見て、蒸しあがった紅芋の真ん中の美味しそうなところだけを輪切りにするのを眺める。 厨房の端では、紅芋の端の部分など余った食材が集められて、別口でもっと簡単な料理が作られていた。 あちらが下働きや身分の低い者の食事なのだろう。 涸駝斐はそこへは案内せずに、今夜の莉堵に供される料理を一品ずつこれは、どうなると説明してくれた。 「莉堵姉さん。」 呼び掛ける声に振り返ると、久樹李(くずり)がにっこり笑顔で莉堵の顔を覗き込んで来た。 「久樹李どうしたの?」 優しく問い掛けると、久樹李はまたにこりと笑った。 「莉堵姉さんが楽しそうだから、良かったなって。」 可愛いことを言い出す久樹李に、莉堵も柔らかく微笑み返す。 「やっぱり、この空気が好き。お料理するのも、してるのを見るのも、ほっとする。落ち着くなって。」 久樹李の頭に手をやって優しく撫でると、久樹李はくすぐったそうな顔になった。 「僕、また莉堵姉さんが作るご飯が食べたいな。」 「そうね。また作ってあげたいわ。あ、でもお菓子ならさっき作ったのよ。これから清梛様とお茶にするから、久樹李もお上がりなさいな。」 優しくそう口にすると、久樹李はにこりと笑った。 「うん。僕ね、莉堵姉さんと一緒にご飯食べちゃ駄目だっていうなら、せめて莉堵姉さんの作ってくれたご飯が食べたいよ。」 莉堵は少しだけ困ったように微笑んだ。 「こら坊主。お姫様にご飯を強請るとは、困った餓鬼だ。お供なら、それらしく分を弁えねばならんぞ。」 涸駝斐がそう苦い口調で割って入る。 「違うのよ。この子は、自主的に私の側に居てくれるだけで、家来ではないのよ。だから、余りきつく言わないであげて。」 莉堵の方もそう取り成すと、涸駝斐は苦い顔で黙った。 「あの、もしも良ければ、厨房のお仕事の邪魔にならない時に、片隅を貸して貰えませんか?」 莉堵はおずおずと申し出てみる。 涸駝斐はそれに、片眉を僅かに上げてから、小さく溜息を吐いた。 「構いませんが、時間によっては厨房は戦場です。姫様のお相手も出来ない場合がありますし、料理人達が熱い物を持って行き交うこともあります。おいでになる時は事前に私にお話し下さい。」 当然の反応だろう。 莉堵は、少しだけ苦笑しながら頷く。 「では、昼食の終わった今日くらいの時間に、久樹李の晩ご飯の一品でも作りにきて良いでしょうか?」 流石に下働きのように厨房に入り浸りたいとは言えない。 それに、それでは樹の国の国主が許さないだろう。 莉堵はここに、都に出ても恥ずかしくないように教養を身につける為にいるのだ。 その事は深く考えないようにしながら、涸駝斐の反応を窺うと、また小さな溜息が返ってきた。 「そうでございますね。それで莉堵様のお気が済まれてお元気になられるなら。国主様にも申し訳が立ちましょう。ただし、他の莉堵様のご予定が空いておられる時だけにして頂けますな?」 涸駝斐としては、大きな譲歩なのだろう。 莉堵は柔らかく笑みを浮かべて頷いた。
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