第10章 白い小花の贈物

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「木の実煎餅と干し柿と梅干しと干し芋と、蕗の佃煮もお持ち下さい。」 厨房の料理人達が馬車の中に積み込んで行く。 「あーあと、山葡萄も馬車の中で摘んで行かれると良い。」 更にまだ色々と積み込もうとする料理人達を見兼ねて、艿音(じね)が打ち切りに行く。 「それくらいになさい。いくら何でも、道中にこんなに莉堵様がお召し上がりになれる筈がないでしょう?」 料理人達は、それにぶつくさと言いながら仕方無く馬車を離れて行く。 「さあ莉堵様。そろそろ乗り込みましょうか?」 「うん・・・。」 返事をしたものの、莉堵は周りを見回して動けずにいた。 今朝は、久樹李の姿をまだ見ていないのだ。 きちんとお別れをしたいのに、このままでは出発の時刻になってしまう。 しつこくきょろきょろしていると、漸く視界の端から久樹李が走ってくるのが目に入った。 「莉堵姉さん!」 「久樹坊遅いぞ!」 料理人達から親しみの込もった声が掛かる。 久樹李は真っ直ぐ莉堵に向かってくると、いつも通り遠慮なく抱き付いてきた。 「もう、何処へ行ってたの? お別れ出来ないかと思ったじゃない。」 そう少し口を尖らせて言うと、久樹李は顔を上げてにかりと笑った。 「間に合って良かった!」 可愛い笑顔に、莉堵の相好も直ぐに崩れてしまう。 頭をわしわしと撫でて、もう一度ぎゅっと抱き締める。 「久樹李、お母さんと一緒に元気に暮らしてね。」 そう告げると、久樹李はこくりと頷いた。 それから少し身を離すと、懐を探って何か取り出す。 「あのね。あんまり上手じゃないけど、僕が作ったんだ。これ、あげる!」 そう言って差し出してきたのは、掌に乗るほどの木彫りの狐と魚の置物のようだ。 驚いて目を上げると、久樹李が照れ臭そうに笑った。 「僕の父親は木こりで、まだお母さんと一緒に住んでた頃はこうやって木彫りの置物を彫ってくれたんだって。だから、僕も莉堵姉さんに彫ってあげたくて。莉堵姉さんが寂しくないように、僕と海から来た奴の代わりに持って行って。」 莉堵は目頭が熱くなって、久樹李をぎゅっと抱き寄せる。 「ありがとね。嬉しい。」 声が震えそうになりながら、莉堵はお礼を言う。 久樹李は、少し照れたように鼻の頭を擦った。 その手の指には、小さな切り傷が沢山あって、木彫りを作るのに苦戦したのが窺えた。 莉堵はその手を優しく包んで、そっと撫でる。 「ありがとね。久樹李の中の、人の部分を許してくれて。」 久樹李が目を見開いてから、ふっと笑った。 「だって、僕は莉堵姉さんが大好きだもん。」 莉堵はその久樹李の頭をまたわしわしと撫でた。 「ありがと。・・・それじゃ、行くね。」 久樹李から身を離して艿音と一緒に馬車に乗り込むと、辺りから鼻をすするような音が聞こえてくる。 「莉堵、気を付けてな。久樹李のことは蕗の里まで送らせるから、心配するな。」 根郡須が顔を覗かせて最後に声を掛けてくれる。 「莉堵様、お気を付けて!」 隣から、清梛も顔を出した。 「お世話になりました。」 莉堵は馬車の中からそう挨拶をして、扉が外から閉められた。 前の方で掛け声が掛かって、馬車が緩やかに進み始めた。
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