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樹の国の宮城を出て、一月の旅の終わりには、季節はすっかり冬に向かっていた。
盆地に大きく広がる都の入り口には、皇帝の生誕祝いの為に訪れた、諸国の行列が並んで長蛇の列が出来上がっていた。
その最後尾に近付いていこうとしていた樹の国の行列の前に、別の行列が並び始めてしまった。
樹の国の行列の先頭が足を止めて待っていると、かなり煌びやかな長蛇の列の中程で、馬に乗った若者が丁寧に頭を下げて来た。
樹の国の行列の後ろ寄りで馬車に乗っていた莉堵は、遠く前方を通り過ぎたその若者の背格好に、どきりとする。
遠過ぎて良く見えなかったが、もしかしたら渡津依ではなかっただろうかと。
その列から、馬が一頭外れてこちらへ向かってくる。
乗っているのは、目を引く風貌の若者だ。
髪の色が薄い黄金色のようで、眼の色も青っぽい。
顔立ちも鼻筋が高く、一目でこの国の者ではないと分かる風貌だった。
その若者は、樹の国の行列の傍を通って、莉堵の乗る馬車の横で止まると、馬を降りた。
「お姫様をお待たせしたお詫びに、海の国を纏めております主人がこちらをと。」
言って馬車の窓から、莉堵に白い可愛らしい野の小花の束を差し出してきた。
にこりと笑う若者は、少しだけ言葉に癖があるようだが、流暢に言葉を操っていた。
海の国を纏める主人というのは、やはり渡津依の事なのだろう。
莉堵は、煩くなる心臓に軽く手を当ててから、その小さな花束を受け取る。
「お気遣い有難うございますと、お伝え下さい。」
莉堵が礼を述べると、若者はにこりと笑ってから、去り際に小さく呟いた。
「それは、直接お伝え下さい。」
はっとして見上げた時には、若者はもう馬上の人となっていて、あっという間に海の国の列に向けて馬を走らせ始めた。
視線を感じて横を向くと、艿音が微笑んで頷いていた。
「お礼状を、書かなければ。」
白い小花を胸に抱いて、莉堵はぽつりと呟いた。
胸が一杯になるような気がした。
渡津依の姿を、久しぶりに目にした。
きっと彼は莉堵がここにいることに気付いたのだろう。
渡津依が莉堵のことを、どう思っているのかはまだ分からないが、少なくとも手紙が欲しいというくらいには気に掛けてくれているということだろう。
「艿音。」
滲んできた目尻の涙を拭いながら声を掛けると、艿音は優しく微笑んでくれた。
「お任せ下さいませ。私がお届けして参ります。」
莉堵はそれに崩れそうな笑みを浮かべて頷き返した。
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