《第二章》

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一発ぶんなぐってやろうかと思っていた。   でも、息を切らせて髪を振り乱して決してかっこいいとは言えない様子で駆け付けた男の姿に思わず言葉を失ってしまう。 「要は・・・?」 握りしめていた拳を無意識に緩めた。 ―—「なんか似てるんだよね」 そう笑ったのは俺と要が出会って半年くらいの頃だったかな。   俺にはもったいないくらいかっこよくて努力家な婚約者がいるんだと誇らしげに話す要。そしてその胸やけしそうなくらいの婚約者への賛美とのろけの後にそんなことを言うから、しばらく呆けてしまったのを覚えている。 「俺が?その婚約者に?」 「そうそう、なんだろうなあ不器用なところとかまじめなところとか?あと優しいところとか」   要は人たらしな奴だと思う。 「俺は別に不器用じゃないし、優しくもないけどな」 「そうかな、智也は優しいと思うよ。でもそれがなぜか周りには伝わらないんだよなあ」   なんでだろうなあ、首をかしげる要に俺は笑う。   要の婚約者がどんな人なのか知らないけれど、きっと要を想う気持ちは同じ。 俺はみんなに優しくできるほど器用じゃない。要を上手に笑わせてもやれない。でも要には笑っていてほしいと思う。幸せになってほしいと思う。   そして要が俺をこの目の前の男と似ているというのなら、この男に浮気なんて器用なことができるわけないじゃないか。目が、表情が、声が、要が心配でたまらないと、大切でたまらないと物語る。 「さっき抑制剤を飲ませたから少し落ち着いてる」   こっち、そう言って部屋の中に招き入れる。要は初めての発情期だというし、いくら今は収まってきていても残り香にあてられて暴走しないだろうか。そんな不安にちらりと亮介の様子をうかがうが、驚くほどに落ち着いている。 「要」 「ん・・・亮介」   名を呼ばれうっすらと目を開けた要は亮介に両手を伸ばす。亮介はその存在を確かめるようにしばらく要をただ抱きしめてほっと息を吐いた。 そして数分して要の体を軽々と横抱きに抱きかかえると、俺のほうに向きなおる。 「要が迷惑をかけてすまない」   家の前に待たせていたタクシーに二人が乗り込むのを見届けて俺はようやく一息ついた。  
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