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昼休み、学食で同じ学部の同級生、長谷部 智也と共に昼ご飯を食べながら昨日の話をする。
「山口恭弥、大学一年。今年柔道部にめちゃくちゃかわいいマネージャーが入ったって噂になってたじゃん。要知らなかったのか」
「・・・他人事だと思って気にしてなかった」
亮介の部活のマネージャーなら他人事ではないのだろうが、同性だったし特に気にしていなかったのだ。そもそも亮介の口から彼の話題が出たことが一度もなかったというのもある。
「それで?その噂の一年に宣戦布告されたわけか」
「宣戦布告、されたのか俺は」
「おいおいしっかりしろよ、のんびりしてると取られちまうぞ」
考えないようにしていたが。やはりそういうことなんだろうか。そもそも、シャツを届けにくるってことはつまり彼の前で亮介がシャツを脱ぐような何かがあったわけで。その何かっていったらそれは。
「浮気・・・されてんのかな俺」
「まあ決めつけるのはよくないけど。亮介クンには聞いたのか?」
「・・・聞いてない」
聞けるわけがない。
渡されたシャツは何も聞かず黙って亮介のクローゼットの奥へとしまい込んだ。何も知らないふりをして、何事もなくこの一件が終わってほしい。ただそう願う。
「浮気するようなタイプには見えなかったけどな」
智也の慰めるような言葉に俺は苦笑して肩をすくめた。
物心つく前から「婚約者」として育てられてきた俺と亮介。その関係に不満を持ったことも疑問を抱いたことすらなかった。ただ当然のことのように自分は将来亮介と一緒になって家庭を築くのだと信じて疑わなかった。
けれど今頃になって思う。この関係は亮介を縛り付けているのではないか。亮介の自由——俺ではないほかの誰かを選ぶ選択肢を奪っているのではないか。
思い返せば亮介の気持ちを直接聞いたことはない。亮介が寡黙で滅多に感情を表情や言葉に出すことがないのは分かっている。けれど好きだと言われたのはもうずっと昔だ。キスだってもうずっとしていない。
浮気をされるのは嫌だ、でもそれ以上にこの親同士がつないだだけの不確かな「婚約者」という関係が切れてしまうことのほうが嫌だ。好きなのだ、どうしようもないくらいに。浮気してもいい、だからどうか別れるとは言わないでほしい。だから俺はぐっと唇を噛みしめ自分のために口をつぐんだ。
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