真実

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真実

 その日の夜、太助は寺にいた。拝殿に和尚と二人、向かい合って座っている。 「実は……、慈悲の泉で父に会いました」 「なんと、本当か」 「はい、と言っても屍でしたが。でも泉にはこれがありました」  太助は父の手ぬぐいと色褪せた竹の水筒を自分の前に置く。 「和尚様、教えてください。父さんはどうしてあの泉に行ったのでしょう? 和尚様なら何か知っているのではありませんか?」 「太助……」 「父さんもあそこの水を取りに行ったのですか!?」 ろうそくの灯が太助の瞳を輝かせ、真剣さをさらに後押ししていた。  太助の視線をまっすぐに受け止める和尚。やがて視線を外し、一息つく。 「ここからは長くなる。茶を入れて来るから少し待て」 そう言って席を外した。  和尚の気遣いが太助にはありがたかった。大吾の言葉を聞き、それを切り出すのに不安があったからだ。  しばらくして、和尚が膳に茶を乗せて戻って来た。すでに茶は湯呑に注がれている。自然な手つきで和尚は太助の前に茶を置いた。 「珍しい茶葉が手に入ってな。いい香りじゃろう?」  香しい爽やかな香りが、太助の鼻腔をくすぐった。その直後、突然目の前が歪み出し、力なくその場に倒れる。  何が起こったのか全く分からず、和尚を見上げる。 「湯気になると効く毒でな。これで完成じゃな。雪に振舞った時には他のところも広がってしまって、ちと効果が強すぎたわい」  目以外は全く動かない太助。だが和尚の声だけは嫌でも耳に入って来る。 「お前は本当によくやってくれたよ、太助。冥途の土産に教えてやろう」  和尚は父の水筒を手にし、身動きの取れない太助の前にしゃがみ込む。 「わしは不老不死というものに興味があってな。これまで幾多の研究を重ねて来た。その中で冥府の妙水がその鍵を握っているという事が分かった。お前も見ただろう? あの素晴らしい効果を。あれをわしの薬と合わせれば若返りすらも果たすことができるはずじゃ。じゃが……、そう簡単に手に入れられるものではない。そこで、わしの代わりに取ってきてもらう事にした。お前の父もその一人じゃ」  太助の目が見開いた。 「恋人、家族、名誉、正義。大切なもののためならば、人は死の恐怖すら克服する。なんとも美しいものじゃ。じゃが冥府への道はとんと険しいようで、今まで何人も送り込んだが、誰一人として戻ってこんかった。だがそこを太助、お前がやってくれた。この水筒の中身は、わしが責任をもって使わせてもらうからの。それと今後は雪のことも、たっぷりかわいがってやるから安心せい」  雪の話を聞き、太助の体が怒りで震え出す。だが指一本動かすことができない。だんだんと、和尚の声が遠くなっていく。 (そんな……父さんが……。早く…皆に、知らせ……!)  怒りで煮えたぎる太助の心は和尚には全く届かない。 (嫌だ……! 雪っ……!)  湯気に気を付けながら太助の湯呑に蓋をする和尚。立ち上がったその時だった。 「話は聞かせてもらった」  どこからともなく、低くて太い男性の声が仏殿に響いた。続けて障子に斬撃が加えられ、外から障子が吹っ飛んだ。  そこに立っていたのは、青白い霊気をまとった一人の骸骨武者。ところどころ泥にまみれ、右手には錆びた刀が握られている。 「和尚、やはりお前は……。絶対に許さぬぞ!」  和尚は恐怖におびえながらも、迫りくる骸骨武者に毒入り茶をかけた。  一瞬ひるんだ骸骨武者だったが、 「そんなもの効くかぁ!」  と再び距離を詰め、刀を振りかぶる。  そこですかさず念仏を唱え始める和尚。骸骨武者の動きが止まり形勢が逆転!  唸り声をあげる骸骨武者。刀を落とし、動けないまま苦しみ悶え始める。  和尚はひたいに脂汗をにじませながら、必至に念仏を唱え続ける。  すると和尚の背後の障子を突き破り、無数の骸骨武者がさらに現れた! 「お前だけは許さぬ!」 「捕まえたぞぉ!」 「共に地獄へ行くのだ!」  骸骨武者たちは和尚の体を抱え上げると、和尚の奇声のような悲鳴と共に闇夜へ消えていった……。  念仏が途切れ動けるようになった骸骨武者は、太助の元に駆け寄り、体を起こしてすぐに水筒の中に残っていた冥府の妙水を飲ませる。  効果はすぐに現れ、太助は声が出せるようになった。 「う…、父……さん……?」 「ああ。間に合ってよかった。太助、苦労をかけてすまなかった。だがよくやってくれた。お前が水筒を持ち出してくれたおかげで、私や仲間は魂をここに戻すことができた」 「和尚様、は……?」 「心配ない。あとは仲間たちがうまくやってくれる。あれも皆、和尚にそそのかされた者たちだ」  冥府の妙水の効果が太助に現れ始め、自分の体をすこしずつコントロールできるようになって来た。 「太助、ありがとう。これで母さんのところに逝ける」  大吾の霊気が消えかけてきている。 「父さん……。僕、もっと父さんと……」 「黙っていって悪かったな。お前ならもう大丈夫。今度はお前が、愛する人たちを守ってやれ」  太助は涙を溢れさせながら頷く。 「じゃあな。達者で暮らせ……。お前は、俺の自慢の息子だ……」 霊気が消えていき、人の姿を形作っていた骨は散っていった……。 「ありがとう……。父さん……」  大吾の水筒を胸にきつく抱き、感謝の祈りを天に捧げた。
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