遭遇

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遭遇

 結局、太助の他に名乗り出る者はいなかった。計画の実行は3日後の満月の丑三つ時。和尚の話によれば、百鬼夜行が現れるのは必ずそのタイミングだというのだ。1人の少年の両肩に、村の未来が重くのしかかる。  実行直前、太助は雪の家にいた。家の壁も布団も質素で薄い。この辺りの農家は皆同様だ。雪は太助や清彦と同じ幼馴染みで2人より3歳上。太助とは家も隣同士で親ぐるみの付き合い。特に太助が両親を失ってからは、食事の世話や田んぼの手伝いなど、親身になって太助を支えてきた。太助にはこれまでの恩返しの気持ちもあったが、それ以上に別の感情も芽生え始めていた。  雪は今も熱にうなされ、体には無数の赤い斑点が現れており、3日前よりもその範囲が広くなっているのが分かる。できることなら代わってやりたいと、両ひざに置いた拳を握りしめた。 「すまないねぇ、太助。あんたに全部押し付けて」 水を張った桶を持って、雪の母がやって来た。雪の額の布に新しい水を含ませながら申し訳なさそうに言う。その言葉に太助は首を真横に振る。 「いつも助けてもらってたから。今度は、僕の番……」  窓から差し込む満月が、太助の両の眼を輝かせた。  田んぼのあぜ道に生えた背の高い草に伏せる太助の姿があった。黒装束に身を包み、顔も墨で真っ黒に塗りたくって闇にまぎれている。腰には竹の水筒をめいっぱい下げ、音が鳴らないように固定しつつも、いざという時に外しやすい機構になっている。清彦から“せめてもの”というアイデアだった。  太助は直前の和尚との会話を思い出しながら、その時を待った。 「くれぐれも声を発してはならんぞ。物の怪や亡者は常世に未練がある。生あるお前が気付かれれば命は無い」  和尚の目を見ながら神妙に頷く太助。 「お前ならできる。父を超えよ、太助」  最後の言葉はあまり腑に落ちなかった。太助の父である大吾は、ある日突然家を出ていった。病弱な母と幼い太助を置いて。その後しばらくして母も病に倒れ、意識が戻らぬまま帰らぬ人となった。父が出ていった理由を聞けないまま、母は逝った。 「太助、母さんを頼んだぞ……」  家を去る時の背中が、太助の記憶に残る最後の父の姿だった。  満月が朧がかった頃、ついにその時は来た。花魁道中のようにゆるりとやって来る一団。このような夜更けに行列など、およそ人が行うものではない。  ありえないほど首が伸びた白顔の女、一つ目の小僧、大ナタを携えた巨漢の鬼、今にも人を食らいそうな化け猫、鬼火をまとった車輪、巨大なムカデや蜘蛛女など、地獄が現世に現れたかのような光景が、現実となって近づいてきていた。  両手で口をふさぎ、全身の恐怖を必死に抑え込む太助。しばらくして太助の目の前を最後尾の化け物が通り過ぎ、太助は意を決して草むらから這い出た。足音を立てないように素早く最後尾につき、片手で口を覆ったまま後に続いた。
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