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奪取
いったいどれくらい歩いただろうか。すでに太助の全く知らない地に入っていた。辺りは霧に包まれ、太助の恐怖も限界に達しようとしていた。
その時、変化が起きた。一団が速度を上げたのだ。太助は足音に気を使いつつ、腰を低く保ちながら引き離されないように必死で付いていくと、輝くものが見えてきた。
(泉だ!)
物の怪たちは隊列を崩し、思い思いに泉の淵に並んだ。太助も物の怪たちから一番離れた場所に腰を置く。
枯れ木と異形の植物に包まれた泉。太助は勇気を絞り出して水をくんでいく。水をくんでは水筒を着け直す。それを繰り返し、最後の1本までくみ上げた。ついにやり遂げたのだ。
しかし、視線の先にもう1本水筒が落ちていることにふと気付く。しかもそのそばには一体の屍が。
(前にもここに誰か来た人がいるのか)
役目を終えて冷静さを少し取り戻した太助は、化け物たちの様子を警戒しつつその屍に近づいた。
落ちていた水筒を手に取る。色は飴色に劣化しているが、そこまで古いものでもないように感じた。重みもあり、中には水が入っていた。
(やっぱりここには前にも誰かが……)
そう思ったところで、太助は屍のある一点から目が離せなくなった。
藍色で青海波の模様が入った一枚の手ぬぐい。太助の父が、家を去った日に背負っていた袋と同じ柄だった。急に胸が押しつぶされそうな感覚になる。
「……父……さん……」
張り詰めていた緊張の糸が、ここでぷつりと切れてしまった。痛恨の過ち。辺りの雰囲気が一瞬で変わる!しまったと思った時にはもう遅い。物の怪たちが太助の声に気付き、一斉に注目した。明らかに敵意がある。
太助はその視線だけで息が止まりそうになり、腰を抜かして尻もちを付き、後ずさりする。背部の水筒が何本か落ちたが拾い集める余裕はない。
「肉だ……」
「奴の手先か……」
「ぉおぉ……命じゃ。命の炎じゃ……」
物の怪たちがにじり寄る。太助の命は奴らにとってのご馳走なのだ。
殺意が距離を詰めてくる。
だが足に力が入らない。
(雪、清彦、みんな……。すまない……!)
太助は覚悟を決めた。
すると次の瞬間!
(カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリと唱えよ!)
と、太助の頭の中に声が響いた!
「え…何……?」
太助は呼吸荒くし、混乱した。
(早く! カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリと唱えるのだ!)
「な、何だって!?」
(急げ! カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリだ!)
太助は力を振り絞り、
「か、カタシハヤ、え、ええと、エカセニクリニ…次は!?」
途中まで唱えたところで、物の怪たちの動きに変化が生まれた。足を止めたのだ。
「は、早く!」
(タメルサケ…)
「タメ、ルサケ……!」
(テエヒ、アシエヒ)
「テエヒ、アシエヒ!」
脳に響く声に太助は必死で合わせた。
(ワレシコニケリ……)
「ワレシコニケリ!」
最後は出せる全ての声で叫んだ。すると物の怪たちは太助への興味を失い、元いた場所へと次々に戻っていく。
(ぐずぐずするな。右わきの坂を下り、あとはひたすら走れ。それと和尚に気を付けろ。あいつが全ての元凶…)
詳細を事の詳細を聞きたい気持ちもあったが、すでに心が限界を突破していた太助は、父の水筒と手ぬぐいを握りしめ、一目散にその場から逃げ出した。
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