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帰還
卯の刻。東の空が白け始めたころ、村の入り口では和尚と村長、そして清彦が心配そうに太助が向かっていった方角を見つめていた。
太陽を背に受けながらゆっくりと歩いてくる太助に最初に気付いたのは、一番若い清彦だった。
「太助!」
すぐに走り寄る清彦。倒れる寸前で太助の体を抱きしめる。足は裸足、体中に擦り傷や切り傷だらけだった。
「雪に……、早く……」
「ああ任せとけ。心配するな。村長ー! 早く太助を!」
両手の竹筒と手ぬぐいは握ったまま離さなかった……。
太助が持ち帰った水筒は5本。4本は最初から持っていたもので、もう1本は父の亡骸のそばに落ちていたものだ。4本分の冥府の妙水を、流行り病を発症した村人たちに平等に分け与えたところ、見る見るうちに病状は回復し、全員元気を取り戻していった。
数日ぶりに村に平穏が訪れた日の翌朝、太助は家の扉を強く叩く音で目を覚ました。何やら話し声も聞こえる。
「太助ー、俺だー」
声の主が清彦であることが分かった太助は、全身筋肉痛の体をひきずりながら扉の鍵を外した。
そこには快復した雪を始め、清彦、村長や村人たちが大勢集まっていた。
また何か起きたのかと寝ぼけ頭で太助が考えていると、「ほら!」と雪に背中を押されて清彦が太助の前に立った。
「これは一体……」
太助が尋ねようとした次の瞬間、清彦は助けに深々と頭を下げた。
「すまなかった太助! お前が命を張って持って帰って来た水で、おっかぁは助かった。今まで馬鹿にしたりして悪かった。お前は本当に勇気あるやつだ。これは詫びだ。うちの畑で取れた野菜だ。少ないがこれ食ってお前も早く元気になってくれ」
清彦はそう言って大量の大根を、まだ筋肉痛の残る太助に無理やり持たせた。
「こ、こんなに……!」
両腕が悲鳴を上げるが何とか受け止めた。だがそれが口火となり、村人たちが次々に太助へ賛辞を贈りつつ礼の品を置いていく。照れる太助の様子を、目を細めてみていた村長が口を開く。
「太助よ、本当によくやった。お前はもう大吾を超えとる。自信を持て。お前は村の誇りだ」
太助の胸にこみ上げるものがあった。そんな村の英雄を称える村人全員の瞳も輝いていた。もう彼を臆病者だとののしる者は、誰一人としていないのだ。
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