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野太いバリトンと引き裂くようなバイオリンの音がうねって捻れてねっとりと体に纏わりつく。
眠りかけの脳を悪夢に引きずり込んでいくような旋律が妙に心地いい。覚醒と睡眠の境界線を小舟にしがみついて彷徨っている自分の姿が水面に映る。落ちそうで落ちないすれすれのラインはすぐそこ。
ここから落ちたら僕の体は……。
「全身打撲が嫌ならさっさと起きてください高橋さん。」
声に反応しパッと目が開く。目の前には床。慌てて体を起こす。
「やべ、マジで寝るところだった。サンキュ瑞希。」
自分では起きているつもりだったけれど、しっかり寝ていたらしい。この美術館は大理石風コンクリート建築だ。当然床もコンクリート。落ちたら彼女の言う通り青タンだらけになる。
ポリポリと頭を掻きながらテーブルの上のマグカップを手にする。コーヒーはすっかり冷めて分離が始まっていた。
まあ、目覚ましには丁度いい。
口をつける寸前で瑞希が僕の手からマグを取り上げた。
「入れ直しますね。」
他人行儀な敬語がなんとなく気に入らない。
瑞希は同僚であり僕の恋人でもある。背を向けた彼女のマグを持っていない方の手が目に入った瞬間、つい悪戯心が沸き起こった。
彼女の手を掴んで握りしめる。
驚いた彼女が僕を振り返った。僕はニヤリと笑い彼女の指を口に含んだ。
「ちょ、いきなり何するの。やめてよ奏。」
「いいひゃん、おくらちしかいないんだし。」
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