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敗北の証明。それは酷く優しい日だった。
暖かくて全てを包み込んでくれるように優しく吹くその風は、桜の花弁をひらひらと舞うように散らしていた。
その日は中学の卒業式で、特に思い出のない仲間達との別れの式はとてもつまらなかったというのだけをよく覚えている。
泣きながら写真を撮る幸せな家族を見て、ため息をついてから、風にたなびく、あの人の気に入っている長い髪を撫でるようにして押さえつける。
あの人は、前日に何度も必ず行くと言っておきながら、結局顔を見せることはなかった。
拗ねるように口を尖らせる。こういう子供っぽい所は自分で自覚していても、なかなか癖というのは治らないものだ。
はやく大人になりたい。何も考えず、ただ効率よく働くだけでお金が貰える。そうすれば、あの人にももっと楽をさせてあげられるはずだ。
中学卒業、つまり義務教育が終了したその日。私はただただ大人になりたいと強く思っていた。
「あの、ちょっといいかな」
視界に映っていた一面の桜に見知らぬ生徒が入ってきたことによって、私達の制服の色に視界が変わる。
「なんですか」
中学3年間話しかけられたら返事をするという、例えば仲の良い友達がいなかった時の代理人のような、都合の良い人だった私に特別仲の良い友達なんていなかったと思う。
ましてや男友達なんて以ての外だ。
何の用だと言わんばかりに首を傾げると、少し俯きながらもその男子は意を決したように、真っ直ぐに私を捉え言った。
「ずっと君のことが、好きで。良かったら付き合って欲しい」
その言葉を聞いた途端息が詰まりそうだった。
彼の言葉に動揺したとかではなく、桜の木の隣のフェンス越しによく知っているナンバーの車を見てしまったから。
今の告白を、聞かれたくない。男の恋人なんて作りたくない。自分を守られるべき存在として扱って欲しくない。
_私を、俺を、好きになって欲しくない。
取り乱しそうな身体をどうにか押さえつけ、あの人に聞かれてないことを願うように手を重ね合わせ、首をゆっくり横に振った。
声を発したら、震えるような気がしたから。
彼はそれだけで悟ってくれたのか少し困ったように笑って頷いた。
「いきなりごめんね。卒業おめでとう」
彼の声が震えていた気がして。彼の声が酷く寂しそうで。
まるで広い広いお城の中、たった一人で残された王子のようだった、なんて。
私は場違いにそんな御伽噺のようなことを考えていた。
だって、もう限界なんだ。
ヒーローに憧れたあの日から負けるような気はしていた。或いは、初めから負けていたのかもしれない。
でも、こんな方法で敗北の証明をする必要はないじゃないか。
私は幸せなそうな声がこだまする花びらの絨毯が敷かれた校庭でひとり、様々な感情の涙を堪え、必死に顔を顰めていた。
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