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「……」
決心を固めて家の前まで来たのはいいが、どうにも家に入る勇気が出ない。
家の前で立ち尽くしていると、隣の家から中年の女性が出てきた。彼女なら何か分かるかもしれない。僕は急いで彼女の方へ行き、声をかけた。
「あの、すみません」
彼女は僕に目を向けると、怪訝そうな顔をする。
「えっと、隣の家に住んでいる女の子のことなんですけど……」
「女の子?女の子なんて住んでないわよ」
「えっ?七歳くらいの女の子なんですけど。一年前くらいに住んでた……」
「一年前も何も、十年近く誰も住んでないわよ」
僕は呆然とした。女性が「本当に迷惑」だの「早く処分してほしい」だの言っているが、反応できない。じゃああの女の子は?
僕は女性に礼も言わず家の方へ駆け出した。ドアノブは相変わらず錆びていて、力を入れて押さないとドアは開かない。そういえば、初めにこの家に入った時、女の子はやすやすとドアを開けていなかったか。
中に入って僕は息を呑んだ。家の中は外見同様に、荒れ果てた空き家そのものだった。ふらふらと女の子の部屋に向かう。ドアを開けると、印象が大きく変わった部屋が目に飛び込んできた。前に来た時は小学生くらいの女の子の部屋という印象だったが、今では部屋ですらない。
ものが何一つないのだ。女の子の影もどこにもない。
僕はその場にへたり込んだ。
女の子は、部屋のものは、一体どこに行ったのだろう。
思い出されるのは、女の子のあの表情と言葉。
「吸い込まれたのか……?」
囁くように問いかけるが、返事はない。家の中のしんとした静寂だけはそのままだった。
もしかしたら、この世にはひずみのようなものがあるのかもしれない。それはどこかで人知れずぽっかりと穴を開けていて、今この瞬間にもその穴へと何かがするすると落ちているのかもしれない。
(了)
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