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第1331電井
『かつて勇者はドラゴンを従えて、邪悪な蛇を討ち滅したとさ』
そう、それは子供の頃にお母さんから聞いた他愛もない御伽噺。遠い昔の物語り。現実の世界には、そんな『勇者』も『ドラゴン』もいないのだ。
……だから、戦うしかない。自分の力で。
「ダメだぁぁ! 引け、引けぇぇぇ!」
下層階から叫ぶデンジの声が、ミズキの耳に届いている。
「もうここはダメだ! 総員、撤収だぁぁ!」
叫び過ぎて、悔しすぎて、喉を枯らして裏返った声。
バババババ……ババババ……!
電子機関銃の発射音が続けざまに交錯している。
いつもなら、もっと簡単に撃退出来る相手なのだが……今日は勝手が違う。敵の数も、『装甲』も!
「ぐ……っ!」
ミズキは対エレクトロイド用の『対物ライフル銃』で必死の応戦を続けながら、奥歯を噛みしめた。
「何てこと……もう対策されてるなんて……新型のニードルバレットが、エレクトロイドの装甲を貫通出来ない!」
確かに命中しているはずが、進撃を続ける汎用人型ロボット・通称『エレクトロイド』達の動きに何の変化も起きていない。無機質な灰色のボディが、何事も無いかのようにこちら向かって進んでくる。
「ミズキさん! 何をしているんですか!? リーダーの命令ですよ?! 撤収です! 屋上のヘリポートへ急がないと!」
窓の端から顔を覗かせ、尚も銃を撃ち続けるミズキの元に仲間のフォレスターが駆け寄ってくる。
「くっ……そぉ……!」
『今は打つ手がない』。頭では分かっていても、気持ちがそれに逆らってこの場を動きたくない。だから何も聞こえなかったフリをして狙撃を続ける。
しかし……。
ブン……。
突然、対エレクトロイド用ライフルの電源が途絶する。
「え?!」
驚いて背後を振り返ると。
「え?、ではありません! 撤収です!」
シルバーメタリックをしたフォレスターの腕が、ミズキの担ぐバッテリーの電源コネクタを引き抜いていた。
多分、そうでもしないと応戦を止めようとしないのを理解しているのだろう。
さしものミズキでも電源の切れた電動銃だけでは何も出来ない。気持ちを切るには、それしかなかった。
「ぐ……っ! 見てなさい! この借りは……この借りはいつか必ず! いつか必ず奪還してやるんだから!」
捨てセリフを残したまま、銃を抱えて階段へと向かった。
「遅せぇぞ! 二人とも急いでヘリに乗れ! 撤収だ! 他のチームはもう先に撤収したぞ!」
リーダーのデンジが手をグルグルと回し、階段を駆け上がってくるミズキとフォレスターを呼び寄せる。
「うるさいわね! 誰かが殿を務めないと、皆んなが安全に退避出来ないでしょ!」
そう強がりを言いはするが、溜まったフラストレーションがミズキの頬を膨らませた。
キィィィィィ……ン!
電動ヘリのローターを回すインバーター音が甲高く鳴り響き、夜空に向かって舞い上がる。
「……今日はエターナル社も本腰を入れてましたね。見てください、もう管理棟の最上階にエレクトロイドの影があります」
猛スピードで施設を後にするヘリの荷室で、フォレスターが管理棟の窓に写る影を指差す。
「もう! どうすんのよ、デンジ!」
無論『怒りをブツける対象は仲間ではない』事は理解している。だが、この悲しみと悔しさを受け取ってくれる相手は、デンジ以外にはいない。
「アンタ、分かってるの?! 今月に入ってもう2本もエターナル社に『電井』を取られてるのよ? 今回の『第1331電井』は出力にして2万キロワット……皆んなの生活を支える優良な電井だったのに……! 不足した電力は、またしてもエターナル社から買わないといけないのよ? それも暴利で! アンタ、それでも我慢しろってのぉ?!」
「分かってるよ……ああ……充分な」
下を向いて、絞り出すような乾いた声。長く伸びた前髪から汗が滴り落ちている。
だが、『電力』を巡るこの戦いは常に防戦一方。エターナル社が本腰を入れて進撃してくるまで耐えるしかない消耗戦。
デンジ達は、本当の意味で『勝利』した事がなかった。
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