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『電井』。それは地下のマグマ溜まりから地熱を汲み上げ、それによって発電タービンを回す電気の『井戸』だ。
場所によっても異なるが、その深さは時として10キロメートルほどにもなる。そこに0.5ギガパスカルという超高圧で特殊な冷媒を打ち込み、800℃を超える地熱でガス化したものを地上に送り返し、その蒸気圧でタービンを回して電気を生むシステムである。
安定的かつ無公害で電気を生み続けるこのシステムを、人々はこう呼んでいた。
『エターナル・サプライ』と。
人々の暮らしにおける全てのエネルギーを電気に頼るこの世界では、こうした『電井』が各都市の周囲を囲むようにして無数に設置されている。
だが……。
「……ちょっとぉ、寒いんですけどぉ? このヘリ、ヒーター無いの?」
ブスっとして口を突き出し、両手で自分の肩を抱くようにしてミズキが文句を言う。
断熱のない『荷室』では、外気の寒さを完全に遮るには心もと無かった。
「……アタシの大事な外衣、さっきの管理棟に置き放しだったわ。あーあ、なけなしの防寒着だったのに!」
悪い気分が、更に下がる。
「すいませんね、ミズキさん。何しろ第1331電井は我々のアジトから最も遠い電井のひとつで……一応、脱出する前にフル充電してきましたが、何があるか分かりませんからヘリも節電モードなんです」
パイロットのオレンが、済まなそうに小さく頭を下げた。
ヘリは上昇を続け、眼下にさっきまでいた電井の施設が一望出来る。
「ふん……」
プイっと、ミズキが顔を背ける。
「デンジさん! あれを見てください!」
不意に、オレンがヘリをホバリングに切り替えて窓の下を指差した。
「……どうした?」
デンジが荷室の窓から下を覗くと。
「うぉ……っ! まさか!」
眼下の光景に、思わず絶句する。
「くそ……敵の展開が早すぎると思ったが……!」
「どうしたんですか?」
デンジに続いて、フォレスターが小さな窓から顔を覗かせる。特殊合金で出来たボディに2メールを超える長身を有する彼は、頭を邪魔されて少々窮屈そうだ。
「え……何なに?」
ミズキもそれに追従してくる。
「あ……っ!」
デンジ同様、ミズキとフォレスターも言葉を失う。
ヘリの下、その先にさっきまで戦いを続けていた第1331電井が見える。そのすぐ後ろに、まるで巨大な列車の如き鉄の塊が連なっているのが見えた。
この距離で、この大きさだ。その『一両』が全幅で10メートル近く、全高で5メートル……全長で50メートルはあるだろうか。重厚感が際立つ、漆黒の外装。
『それ』が何十両も後方に連結され、あたかも御伽噺に出てくる大蛇のようにうねっている。
無論、そこに『鉄路』なぞない。腹下の無限軌道を駆使して進撃するのだ。
不気味で、威圧的で、圧倒的なまでの存在感。
夜の闇に蠢く神話の怪物。
それがエターナル社の誇る難攻不落の移動要塞『ウロボロス』である。
「ウロボロス……3日前から『位置を捕捉出来て無い』って聞いてましたが。まさか、こんな所に現れるとは思いませんでした。もっと他に移動しやすい電井が残っていると思うのですが」
淡々と語るが、フォレスターの口調にも悔しさが滲む。
そうしている間にも、ウロボロスからは次々とエレクトロイドが湧き出てきて管理棟やタービン発電棟への侵入し続けていた。
その様子はまるで、砂糖に集る蟻の大群を思わせる。
「……行くぞ。アジトに戻る」
窓から顔を離したデンジが、ポン……とミズキの肩を叩いた。
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