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アース
ヘリは電井のある山間部を抜け、都市部上空へと達していた。
高層ビル群が立ち並ぶ周辺にベッドタウンの広がる典型的な都市構造、『ライトニング・タウン』……。
だが、その名前とは裏腹に夜の街並みに『灯り』は乏しく、閑散とした佇まいを見せている。
まるで世相そのものを反映するかのように、飲み込まれそうな『暗い都市』。
「オレンさん、障害物に注意してくださいね。灯りが少ないですから、高層ビルなどが見えにくいですので」
フォレスターがパイロットに注意を促している。
ヘリは有視界飛行が基本だから、不注意が衝突事故を招きかねない。
「暗れぇな……」
窓の外を眺めながら、デンジが呟く。
骨ばった細くて長い指が、窓枠の鉄に掛かっている。
「仕方ありませんね。先月から第8次電力規制が始まりましたし、電気代も高騰しています……。皆んな、また一段と電気の消費を抑えているのでしょう」
フォレスターも、眼下の『闇』をじっと見つめていた。
やがてヘリは都市部を抜け、再び山間部へと進んでいく。
高度を下げ、ライトを消して目立たないようにして渓谷沿いに奥地へと入る。パイロットのオレンは暗視スコープを駆使して慎重に機体を運ぶ。
やがて洞窟状になった岩場の入り口に接近し、その手前にある小さなスペースへ静かにヘリを降ろした。
「おかえりなさい! 皆さん、お疲れ様です!」
岩場の陰から、ショートヘアの若い女性が飛び出してくる。彼女とて電井での事情を知らない訳ではないが、努めて明るく振る舞おうとしているのだ。
ガラ……と荷室のハッチを開け、まずはミズキが重い足取りで外に出てくる。
続いて、デンジとフォレスターが疲れ切った表情で岩場へと降り立った。
「あー……もう、疲れた! ベルちゃん、何か食べるものある? もう、お腹が減っちゃって!」
ミズキが長尺でずっしりと重い愛銃を肩から下ろしながら、大きく伸びをする。
「はい! もちろんです。そろそろ帰着だと聞いて、用意しておきました。……と言っても、いつもと同じ野菜スープとオイルサーディンの缶詰ですけども。あ、もし良ければ干し肉がありますから、温めましょうか?」
少し申し訳なさそうな半笑いを浮かべながら、ベルが奥へと向かう。
「干し肉? そうね、あるならそれも頂戴。贅沢は言えないからね。……あの、出来れば強めに加熱してくれると嬉しいけど」
「分かってますよ。ミズキさんはカリッカリに焼いたのが、お好みですもんね」
得心の笑みを浮かべながら、ベルが中へと帰っていく。
「よー……し、ゆっくりだ、ゆっくり引き込め」
洞窟の入り口では、デンジがヘリの収納を指示していた。ヘリを台車に乗せ、整備の出来る格納庫まで人力で引っ張るのだ。
そして機体を奥へと仕舞い、入り口にカモフラージュの『壁』をスライドさせる。ドローン撮影や衛星による撮影でアジトを特定されないためにも、慎重にならざるをえない。
「やれやれ……『ニードルバレット』がエレクトロイドに効かんかったって聞いたがのぉ?」
奥から年老いた白髪の男が腰を擦りながら出てきた。座っての作業が長引いていたのだろう。
「そうよ! 前回まではゼンゼン効いてたのに! もう全くだめ! どうなってんのよ、ドクター・フグアイ!」
ミズキが腰に手を当て、少し屈むようにして老人にクレームを付ける。
「うーむ、もう対策されるとはのぉ……。それなりに開発に手の掛かった新型弾頭なんじゃが。やはり銃そのもののパワーアップを考えんといかんかのぉ」
フグアイが額の皺を深くして頭を抱える。
敗戦は『毎度のこと』とは言え、どうしても空気が重い。
と、その時だった。
《お疲れさまです。チーム・デンジ》
傍らに置いてある『専用』のステレオ用スピーカーから張りのある女性の声が聞こえてきた。
そのスピーカーには白い塗料で、こう殴り書きされている。
『She』と。
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