メンバー外

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 令和の化け物と題されたテレビ番組を見ていた。氷上でヒラヒラと揺れる純白の衣装で、化け物よりも妖精だと思える15歳の少女がインタビューに答えている。  フィギュアスケートの頂点を争うグランプリファイナルを控え、その意気込みを問われていた。 「精一杯楽しみたい」  同じアスリートととして、人生を懸けた舞台で、その感情は理解出来なかった。きっとこの少女は、挫折するような敗北が一度もないのだろう。この時、俺の心は完全に折れていた。 「巧、顔を上げろ」  山の麓の広大な土地に整備された芝生の練習場で、三国監督の怒号が幾度も轟いていた。それは今日に始まったことではない。1、2週間の話でもなく、半年以上も続いていた。  俺は一つに集中すると、周りが一切見えなくなってしまう。小学校の通信簿に書かれていた悪癖が、19歳になっても直らない。サッカーが大好きで、ドリブルにのめり込んできて、それが止められると、カッとなった頭は、さらにドリブルに固執してしまう。そんな駆け引きゼロの単純なドリブルは、確実に止められ、交代を告げられる。  廊下で立たされるように、紅白戦をピッチの外から見ていると、 「バカちん」  キャプテンの岩嶋さんからの愛のあるゲンコツは、全然痛くないのに涙が出た。悔しさと、自分に対する怒りからだった。  俺は高校3年の冬まで無名の選手だった。冬の全国大会での活躍が認められ、その年、J1リーグを制覇したクラブへ入団が決まった。大会でプロへ内定が決まっている選手たちとの連戦で、唯一自信があったドリブルが冴え渡ったのだ。  準決勝で敗戦した翌日には、すでにキャンプが始動していたチームに合流し、肉体強化のトレーニングに一切ついていけない状態でも、俺の心は全く折れなかった。  俺のサッカー人生は小学校から負け続き、地元で一番でも東京都の選抜では控えだった。中学では、クラブチームのセレクションに受かったけれど、ユースカテゴリーに上がれず、高校サッカーへと進んだ。そこでも試合に出れるようになったのは、3年生になってからだ。  ここまでの俺は競争に勝つために、一番自信があるドリブルを磨き続けてきた。そのドリブルでプロになれたけど、プロでは全く通用しなかった。  テレビで見ていた時には、外国人と比べて華奢だと思っていた選手も、実際に対峙する肉体は、同じ日本人かって疑うほど分厚くて、駆け引きする以前に、体を当てられて吹き飛ばされてしまう。 「ネコ!」  また三国監督に怒鳴られた。俺は小さい頃からドリブルが大好きで、小学校時代はパスなんて考えてなかった。ボールしか見ないから、猫背が体に染み付いて視界が極端に狭いのだ。この悪癖を指摘する言葉がどんどん短くなって、ネコにたどり着いた。  解決方法はわかっている。ドリブルが通用しないなら、人に預けて優位なポジションで受け直せばいい。だけど、いざピッチに立ってドリブルを止められて、パスを出せばカットされてしまう。  ドリブルを止められてから、人を探していては遅いのだ。だから監督は顔を上げろって、ネコって言う。だけど意識していても時間が経つにつれて、状況が追い込まれて余裕がなるなると、無意識に下を向いてしまう。  秒単位で代わる局面の中で、自分以外の味方と敵の位置を把握して、パス、ドリブル、シュートの最適解を模索する。パスを選んだのなら相手を決め、足元かスペースへ出すのか、どんな質のパスかを、フラッシュ計算のように一瞬で答えを閃く必要があった。それを90分の試合中で解答し続けなければならない。たったひとつのミスが、勝敗を決めるのがサッカーだからだ。  とはいえ考えないで、無心で動いた時の方が、良い結果に結び付いてしまう。考えているって時点で判断が遅れている証だった。  考えてはならないけど、考えなしには動けない。それが浮かんだ時に、心が折れた。  俺は他クラブへのレンタル移籍を望んだ。カテゴリーを下げて、自分のレベルにあった場所でなら成長が望めると三国監督に伝えた。 「逃げるのか?」  その通りだった。返す言葉がなかった。  三国監督は元々、高校の教師で、顧問として全国を4度も制した実績を持った教育者だった。  俺を全体練習から外し、レンタル移籍も許さず、話し合いに行っても門前払いだった。  三国監督は、俺を求めた張本人、大学進学を決めていた俺を説得するために、わざわざ全国大会中に足を運んで、日本を代表する選手に育てると誓ってくれた。 それがたった半年で見棄てられてしまった。こんなことなら親の言う通りに大学へ進んでいれば良かった。  新たな人生を歩むつもりで親に電話をした。実家の豆腐屋を継ぐと言えば喜ぶと思っていた。 「情けない」  プロ入りを一番反対していた母の返事だった。人生懸けるって誓ったのは嘘なのかと、泣きながら咎められた。気の強い母が泣くほどの理由がわからなかった。 「お父さんが倒れたの」  脳梗塞だった。命には別状がないけれど、半身に麻痺が残り、豆腐はもう作れない。 俺の継ぐ店はもうなかった。  母が黙っていたのは、父に口止めされていたからだ。父は俺の大事な時期を邪魔したくなかった。 「帰ってきたって逃げ道はないんだからね」  母の突き放す言葉に小学校時代を思い出した。試合に負けて泣くのはいつも母だった。悔しがる母の姿を見て、俺は情けない自分に腹が立って、悔しくて泣いていた。  電話を切って、テレビを点けるとフィギュアスケートが特集されていた。楽しみたいって言っていた少女は、楽しみながら優勝したらしかった。本当に化け物だなと、平凡な俺はどうすればいいのかと、そう思った時、電話が鳴った。知らない番号だった。 「もしもし、巧か? 西口だけど」  落ち着きのある声の主が名乗った苗字だけでは、顔が浮かばなかった。 「徹だよ」  下の名前を言われてもわからなくて、同じチームメイトだと言われて、あぁ、西口さんかって心の中で呟いた。俺はこの人が好きじゃなかった。  西口はチームに4人いるキーパーの中で4番手、歳は30前後だと思う。  噂レベルの話では、移籍してきた理由が3番手キーパーの怪我の穴埋めらしい。つまり、練習要員だった。なのにいつも楽しそうにニコニコしていた。それが許せなかった。 「夕飯に行かないか?」  明るい声色に、いつものニコニコ顔がありありと浮かんだ。  4番手の現状に危機感を感じられない。まさか練習要員ってポジションで満足しているのだろうか。西口の契約は残り半年だと聞いていた。 「実は明日から、巧と一緒に練習することになったんだ」 「監督に言われたんですか?」 「もちろん。同志として、親睦を深めよう」  冗談に出来る状況じゃないのに、照れくさそうに小さく笑っている。西口は選手を諦めているんだと思った。当然、夕食は断った。  翌日の練習は、ウォーミングアップの時点でチームから外され、普段はユースの選手が使用する隣のグラウンドへ追いやられた。ついてきた西口は、落ち込む様子はなく、軽いジョギングの間、 楽しそうに話しかけてきた。  ウォーミングアップが終わると、何をしたいかと問われた。フィールドプレーヤーの俺と同じメニューをするつもりらしい。  俺は驚きながらキーパーの練習はしないのかと問いかけた。 「しないよ」 「いいんですか?」 「監督から巧に付き合うように言われているからな」  それは明らかに選手に対する要望ではない、コーチと同じ扱いだった。なのに、あっけらかんと言った西口の表情はやっぱり笑顔だった。 「監督でも目指しているんですか?」 「いいや」 「だったらなんでそんな風にいられるんですか?」  俺の嫌みな問いかけにも表情は崩れなくて、それが余計に腹が立った。  チームの練習が終わると、西口はキーパーコーチを呼んで居残り練習を始めた。  30分経つとアラームが鳴り、練習を切り上げた西口を目で追うと、不思議な光景が待ち構えていた。主力選手が全員引き上げた中で、サポーターたちの行列だった。4番手のキーパーとは思えない人気で、サポーターから親しみを込めて、徹さんと呼ばれていた。西口もサポーター一人ひとりの名前を呼んでいる。そんな謎過ぎる光景は毎回繰り返され、数日後のクラブハウスでも起きた。  広報のスタッフと西口がお互いに下の名前で呼び合って、かなり親しそうに話していた。  西口が去った後、広報に話し掛けてみると、西口のグッズがチームで5番目に売れていると伝えていたらしい。試合にも出ない人が・・・。何かの間違いだとしか思えなかった。  ちなみに俺は、ダントツの最下位だった。  帰宅してから西口の経歴をネットで検索した。  大学卒業後にアマチュアのJFLからスタートして、カテゴリーをJ2、J1とステップアップして現在31歳、その間に出場した記録はなかった。  毎年優勝を求められるこのチームにいること事態が不可解で、何を基準に評価されたのかわからない。そこで閃いた。練習が終わると必ず30分間居残り練習をして切り上げる理由だ。  練習終わり直後はレギュラーメンバーとサポーターが触れ合う。みんなバラバラに出ていっても、だいたい30分後には全員が出払う。その瞬間を狙って出ていっている。  サポーターへの丁寧な対応はたっぷり30分、試合に出ていない西口の優勝を争うチームにいる理由がそこにあるような気がした。  さらに西口を見ていて気づいたことは、現場のスタッフだけじゃなくて、現場にほとんど顔を出さないフロントスタッフまで名前を覚えている。  媚びているようでイヤな気持ちになって、三国監督に練習を別にしてもらおうと直訴しようと思った。だけどその必要がなくなった。三国監督の解任が発表されたのだ。  チームは引き分けをひとつ挟んで5連敗と苦しんでいた。順位は6位にまで落ちて、1位までとの勝ち点差が10も離れてしまった。残り5試合で優勝が絶望的な状況にチームは来期のACL出場権利を与えられる3位以内を目標に切り替えた。  新しく指揮を任せられたボルツ監督は、ドイツ出身で母国のブンデスリーガで20年も監督を続け、3度の優勝実績を持っていた。  Jリーグで優勝の可能性が潰えてからの監督解任に、フロント陣営への批判が集まっていたが、 それが行き当たりばったりではなく、長期政権を見据えた人事だったとわかり、批判は鎮静化した。  ボルツによってフォーメーション、先発メンバーがガラリと変わった。攻撃偏重だった戦術に、守備意識をバランス良く落とし込まれた。  チームの大きな変革に伴って、俺は全体練習への参加を認められた。だけど西口は戻ることを許されなかった。  ボルツは明確に選手の優先順位を提示して、レギュラー組には責任感を求め、サブ組には危機感を植え付けた。西口にだけ競争機会を奪った。  三国監督のような教育的措置ではないのは明らかで、冷酷な仕打ちに声を上げたのはサポーターだった。フロント陣営からの説得を受けたボルツは、翌日には西口を練習へ戻した。それでも練習前に西口を呼び出し、戦力と見ないしていないと、契約延長もないとも伝えた。それが事実として、選手に広まっているのは、隠すつもりがボルツにはない意思表示だった。  選手たちはボルツの揺るぎない信念を痛烈に感じ取った。それによって明日は我が身と、危機感を抱かない選手はいなかった。連敗が続き、優勝が絶望的になった現状で、チームのどんよりとした雰囲気が一変した。  声が出るようになったのはもちろん、紅白戦でのホイッスルが鳴る回数が倍増した。それはファールギリギリの激しい接触プレーが増えた証で、ポジションを奪われた選手が獲り返すためのアピールが体現した現象だった。 「俺だって」  そう思って仕掛ける俺のドリブルは相変わらず止められた。監督が変わっても注意されるのは、顔を上げる事と猫背の姿勢なのは変わらない。何も成長していなかった。  交代させられて、ピッチの外に出ていた俺に西口が注意した。 「ネコになってるぞ」  西口は練習に合流したけど、紅白戦の起用は認められなかった。そんな状況の中でも、やっぱり笑顔だった。  俺は顔を背けた。自分の不甲斐なさに対する怒りを、西口にぶつけてしまいそうだったからだ。 「ごめんなさい。今は話したくないです」  俺は芝生の上に座り込んで、体育座りの膝の上に腕を組んで額を押し当てた。晴天の下で俯いた俺の視界は真っ暗だった。 「大丈夫。ちゃんと成長しているよ」  事実とは反する思い遣りだけの言葉に、俺は我慢の限界を迎えた。肩に添えられた西口の手を邪険に払って、 「うるせえよ」  心の底から発した声に、選手もサポーターも振り向いた。恥ずかしさと怒りで練習場にいることが耐えきれず、練習中にクラブハウスへ戻ってしまった。  高ぶった感情も控え室に戻る頃には落ち着いて、自分の稚拙な行動に後悔が沸きだし、着替える事も出来ずに座っていた。  練習を終えた選手たちが続々と戻ってきた。 「アホ」 「バカちん」  みんな優しく茶化しながら声を掛けてくれた中で、岩嶋だけが本気で声を荒げた。俺の胸ぐらを掴んで壁に押し付けて、西口へ謝罪に行くように怒鳴った。  練習を抜けたことで怒られるなら理解できても、西口に謝ることには納得いかない。  察した岩嶋は、 「西口がお前の練習に付き合った状況をよく考えろ」 「監督に言われたからでしょ」 「本当に大バカ野郎だな」  岩嶋はそれ以上何も言わなかった。周囲も示し合わせたように黙ってしまった。  岩嶋の言いたい事がわからなくて、ロッカーの椅子に座り込んで、西口の状況を思い返してみた。  4番手のキーパーで、契約は今シーズンまでの中で、三国監督から俺の面倒を見るために全体練習から外された。それでもニコニコしている。改めて思い返してもよくわからなかった。  着替えを終えてクラブハウスを出ると、練習場の出口には人だかりが出来ていた。恒例の西口のファンサービスだった。  翌日の練習は罰金を支払って参加が認められた。反省を示すため、一番乗りのつもりで練習場へ出ると、西口がキーパーコーチと共に練習していた。  練習場は山から下りてきた朝の霧が残る中で、すでに西口の額は汗に濡れていた。  それは翌日もその次の日も同じだった。キーパーコーチに尋ねると、4年前に移籍してきた頃から欠かしたことがないと言われた。  西口の練習を見ていて気づいた事があった。大抵の選手にもひとつふたつはあるルーティーンの数が、西口は異常だった。  練習の入りから帰り時間までアラームによってコントロールされて、スパイクを履く順序、場所、 時間も一緒だった。  練習が始まると西口は手を叩いて、みんなに声を掛けて鼓舞していた。終始誰よりも声を出し続ける姿は、1ヶ月が過ぎても熱量が変わらなかった。  今年ラストの公式戦前日を迎えた。明日の対戦相手は3位のチーム、勝てば順位が入れ替わって、 目標としていたACLへの出場が決まる。西口が温情で試合に出させてもらう可能性はない。それでも西口は練習場にいつも通りの時間で現れて、いつものルーティーンでスパイクを履き始めた。声を掛けると、やっぱり笑顔だった。俺は我慢できなかった。 「何でそんな風にいられるんですか?」 「楽しいからかな」 「サポーターと触れ合うのも、スタッフとの話も楽しいんですか?」 「もちろん」 「試合に出られなくても?」 「楽しいよ」 「嘘ですよ」 「本当だよ」 「ありえない・・・」  納得できない俺が俯くと、観念したように西口がため息をついて、 「面白い話をしよう」  そう言って西口は、俺に腕立て伏せを求めた。言われた通りにやると、 「どこにきている?」 「腕です」 「もっと両手の幅をとってみて・・・どこにきてる?」 「腕と大胸筋」  西口は笑った。 「背筋だよ」 「嘘だ」 「嘘じゃないんだな。但し、背筋と信じ込んでいるのならね」 「よくわかんないです」 「人間は不思議な生き物なんだよ。思い込んだことが実現してしまうらしい。たとえ間違った認識でのトレーニングだとしてもね。当然効率が悪いけど。逆に正しいトレーニングでも、自分には出来ないと思い込んだままなら、効率が悪い程度では済まされないよ」  西口の言葉にハッとさせられたけど、納得は出来なかった。  俺の個人メニューはコーチと相談して組んでもらった。当然信頼していたし、上手くなれると信じていた。疑問を抱いたのは、何ヵ月が過ぎても自分の成長が感じられなかったからだ。そんな俺の心を見透かしたように西口は、 「お前はちゃんと成長しているよ」 「適当なことを言わないでくださいよ」 「俺は本気だよ」  西口は笑っていなかった。結局、本心なのかわからなかった。  その日の夜、母から電話があった。父の順調な回復の報告と退院後、麻痺が残ったままでも父は豆腐屋を続ける気でいることを伝えられた。   スーパーマーケットが乱立する中での豆腐屋が、どんなに良いもの作ったって安いものに敵うはずがない。昔の父は町内会に参加したり、消防団にも参加して人の繋がりを作って、同情で客になってもらっていた。そうまでしなければ成り立たなかった。  小学校の時、学校終わりの夕暮れに、道の曲がり角からラッパの細長い音が聞こえてきた。友達が父だって気がついた。父はお得意さんの家の前に車を停めて何度もラッパを鳴らして訪問を知らせていたのに、なんの反応もない。注文を受けてきたわけじゃないから仕方ない。そんな悲しい背中を、走らせた車の後ろ姿に見えた気がした。 「買わなくたって、ひとこと言いに出てこいよ」  友達の同情からの一言に、俺は俯くほど恥ずかしくなった。  振り返った過去の中で、父が豆腐屋を続ける要素は、まるで見いだせない。毎日同じ豆腐を作って、馴染みのお客に買ってもらって、経営は年々先細りになっていくだけだった。  母はそれを聞くと笑った。 「お父さんは豆腐作りが楽しいのよ」 「毎日同じことの繰り返しが?」 「些細な変化に気づくためには必要なんだってさ」  笑いながら母が答えた。どうやら電話は父さんも聞いていたらしい。 「変化ってなんだよ?」 「サッカーやってりゃわかるだろ、だってさ」  母を介した父の答えを聞いて、西口の顔が浮かんだ。毎日同じルーティンの光景と、俺を成長しているって言った言葉が思い出された。  ここまで俺は同じ過ちを指摘され続けてきた、三国監督が意図したものなのだとすれば、変化に気づけないのは、俺の思い込みが原因なのかもしれない。俺は成長しているのだろうか。  電話を終えて、寝ようと思っても目が冴えてしまう。早く明日を迎えたかった。ボールを蹴りたくて仕方なかった。自分の些細な変化を確かめたかった。  翌日の試合は勝利で終わり、サポーターのチャントは、退団する西口へ贈られた。冷遇していたボルツは目を潤ませながら西口を抱擁した。西口のこれまでの練習姿勢に感動して、コーチへの打診をするほどであった。俺がそれを聞いたのは、ロッカールームを出た後だった。  まだ西口が残っていると聞いて駆けつけると、西口はロッカールームに一人でいた。いつもベンチ外の西口に、今日だけ特別に用意された自身のロッカーに座っていた。俺は勝手に感動して、思い出に残すべきだと思って、スマホでカメラを撮ろうと明るく持ち掛けた。  「やめろよ」  西口は笑っていなかった。  後日知ったことだけど、西口はコーチの打診を断っていた。オファーもないのに、現役を望んでいた。 「西口がお前の練習に付き合った状況をよく考えろ」  岩嶋に言われた言葉を思い出して、 西口こそ化け物だと思った。 おわり
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