PAX 2:黒ジャージの男

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

PAX 2:黒ジャージの男

県立運動公園前バス停で数名が降車した。 今の時間帯はこれより先、終点の中央駅前バス停到着まで客が乗ってくることはほとんどない。 男は黒いジャージの上下を着て、最後尾の座席に座っていた。 並びに座っている小学生の男の子は、バスに酔ったらしい。 男の子がぐたっとして、周囲に注意が向いていないのを確認すると、男はバスの前方へ移動する。 後部乗降口近く、跳ね上げ式座席に固定された車椅子の横を過ぎた。 座っているのは色の濃いサングラスをかけた、視覚障がい者と思われる青年だ。 見たところ、手足も不自由なようであった。 黒ジャージの男は、淡いピンクのマントコートを身にまとい、革のトートバッグを大事そうに抱えた女性に声をかけた。 「ちょっと失礼、話があんだけど」 女性は20代半ばだろう。 ふくよかな体に、白いウールのセーターを着ていた。 体型を隠そうとしているのか、ひと回り大きいサイズのコートで身を包んでいる。 それでもひと目で分かる豊満な胸が、男を引きつけてやまない。 黒ジャージの男は女性の横に座った。 とまどう女性の肩に右手をまわすと、ほほに尖った金属片を押しあてる。 「声をだすな。どっちにしろ助けは来ない」 女性の胸に触れてみた。 セーター越しに伝わる、弾力のある柔らかさがたまらない。 男は興奮してきた。 女性は身をよじったり、手で払うようにしたり、しつこく迫る男の手をなんとか避けようとしている。 それでもバッグを抱えたままなので、あまり効果が上がらない。 一方で黒ジャージの男は、なんとかしてセーターの中に手を入れようとしていた。 車内には、死角が生じないように防犯カメラが設置されてはいる。 だが遠く離れたバス運行管理室のモニターに映し出される画像は、わずか8インチのサイズしかない。 いつものように、運行管理者は車内の異変に気づかないだろう。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!