PAX 4:正義の味方

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PAX 4:正義の味方

車椅子の男性は眉をしかめた。 すぐ横を黒ジャージの男が通り過ぎる。 男性は苛立っていた。 車椅子の座り心地は最悪だ。 とくに全自動運転のバスはいけない。 「人間のドライバーより上手だ」などと言われているが、男性はその評価を疑っていた。 機械はしょせん、ある一定の技術レベルを超えられないのではないか。 システム開発者は乗客に快適な乗りごこちを提供するため、AIの運転技量を向上させるべきだ。 黒ジャージの男が痴漢を始めたのが目に入り、男性は眉間にしわを寄せた。 被害に遭っているのは、始発のバス停から乗車している、見るからにおとなしそうな女性だ。 懸命に抵抗しているが、女性のコートは今にもはぎ取られそうな勢いだった。 恐怖心のせいだろうか。 女性はなぜか、目の前の[非常通報/緊急停車]ボタンに手を伸ばさない。 他の乗客はどうしているのか。 最前方の老人はどうやら、認知症だ。 前方監視モニターに頬ずりしながら、失禁している。 女性の助けにならないどころか、車内で今何が起きているのかすら、気づいていないだろう。 後部に座っている小学生の男の子は、バスに酔っているようだ。 自分で吐袋を用意していたのは感心だが、自分のことで手いっぱいのようだった。 もとより、子どもに頼るつもりはない。 黒ジャージの男は調子づいて、セーターの襟元から服の中をのぞき込んでいる。 「しょうがない、俺様の出番か」 男性は音を立てずに立ち上がり、サングラスを外した。 用意しておいた仮面をつけ、正義のヒーロー「オレサマスク」に変身する。 「そこまでだ。この悪党め」 黒ジャージの男に振り向くひまなど与えない。 首筋に注射銃を(インジェクションガン)あて、麻酔を注入した。 男はわずか2秒で動かなくなった。 実は、男性は障がい者ではない。 健常者であり、医療従事者であった。 しかも、ただの民間人ではない。 正義の味方、オレサマスクであった。 ぼう然と見上げる女性に、「もう、だいじょうぶだ」と声をかける。 男性は人差し指を立てると、仮面の口元にあて、「しー」と声を出した。 昏睡状態の黒ジャージをどかさないといけない。 脇の下に手を入れて抱え上げ、バスの中央まで引きずっていって車椅子に座らせた。 手足をしっかり固縛する。 オレサマスクは仮面の下に笑顔を隠して、うるんだ瞳でこちらを見ている女性にサムズアップを返した。 正義の味方としては、無人運転バスの車内にはびこる犯罪など許せない。 だから車椅子の視覚障がい者に変装し、月に数回、ボランティアのパトロールを行っていた。 そうして目についた、卑劣な悪党を退治するのだ。 変装で車椅子に乗るのは敵を油断させるためだが、護送に使うためでもあった。 終点にはあと10分ほどで着く予定だ。 黒ジャージを乗せた車椅子を降ろして――警察には行かず――自宅まで運ぶ。 その後は恒例の、「お楽しみタイム」だ。 正義の味方、オレサマスクはダークヒーローであった。
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