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PAX 1:開発者
高齢の男性が全自動運転で走行する、市営コミュニティーバスの最前方に座っていた。
彼のすぐ横にある前方表示モニターの上部には「09:35」と表示されている。
男性はかつて自動車メーカーに勤務し、AI制御の中型路線バスと運行管理システムの開発に携わっていた。
定年前の最後の仕事となったのが、日本全国で初の完全無人運行による自動運転コミュニティバスの導入であった。
つまり現在、彼が乗車しているバスは過去の努力と汗の結晶であり、愛し子のような存在なのだ。
男性は市の中心にある、市営の総合病院に通院している。
「はて、今日はどこに行く予定だったかな」
目的があってバスに乗っているはずなのに、目的地すら思い出せなかった。
彼のように認知症を患っていても、介護人の同行は不要だ。
スケジュール管理機能とGPS機能がバスの運行システムと連携されているので、目的地で降車し損なうことはない。
降車場所には予約患者の到着情報を受け、看護師が迎えに来てくれるからである。
「安全で快適、時間厳守で、人にも環境にも優しい。私の開発した路線バスシステムは、やはり最高だ」
なぜか、という理由は忘却の霧の中だが、彼は間違いなく幸せであった。
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