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海の底は、いつも暗く静かだった。
時折、サメの黒い影が平穏を脅かした。
けれど、岩陰に身を潜めていれば、たいていのことは無事やり過ごせた。
ある時、伯母のところへ出かけると、いつもと同じように、寸胴の大鍋をかき回していた。伯母は海底の魔女だった。
「ちょうどいいところに来た。鍋の番をしておくれ」
「わかった。何かしておくことは?」
「何もしなくていい」
伯母は急いでいるのか、そう言い置くと出かけていった。
しばらくすると、来客があった。
私は息を飲んだ。
髪は金色に輝いてなびき、透き通る肌は、あこや貝のようにきらめく。
そして、腰から下にはびっしりと鱗が並んでいる。
人魚だった。
その子は、思いつめた顔をしている。
「ここに来れば、人間に変われる薬がもらえると聞いてきました」
赤い口からこぼれる声は、鈴をふるようだった。
私は自分のしゃがれた声が嫌いだった。
その人魚の声が欲しくなった。
「その声と引き換えなら、薬をあげてもいいんだけどねえ」
人魚は、目を伏せ2.3度瞬きをした。
長いまつ毛からあぶくが上がる。
けれど、顔を上げた時には覚悟を決めたようだった。目に力がこもっている。
「人間になれるなら、声は無くなってもかまいません」
私は棚からびんを出すと、煮えたぎった大鍋からすくい、びんの口いっぱいに詰めて渡した。
人魚は、嬉々として受け取る。ほほを赤らめ、目を潤ませると、挨拶もそこそこに泳ぎ去った。
人魚が早速試したことは、すぐにわかった。
鼻歌を口ずさむと、自分の声でない声が口からもれた。
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