エンプティとノアの方舟

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エンプティとノアの方舟

 最初は、小さな虫だった。  虫たちが突然、バタバタと死に、地面に落ちるようになった。蚊、蝿から始まって、 蝉も、蝶も、カブト虫も。  突然の大量死。地面に敷きつめられた虫たち。最初は日本だけだったが、気づけば世界各国で。  死んだ虫たちは、中身がなかった。中から何かに喰われたように。  それについて調べている間に、被害は小さな動物に移った。蛇、ネズミ、雀。そこからペットの犬や猫に。  全部、中身が空っぽの死体が転がることになる。  被害が大型犬に移ったあたりで、原因が特定された。  各種動物の中に寄生し、巣食い、成長し、大きくなったら次の宿主に移動していく謎の生物。捕らえられたそれの体からは地球には存在しない物質がいくつか発見された。地球外生命体と認定されたそれは、エンプティと名付けられた。  正体不明のバケモノに世間は騒然となった。  エンプティはどんどん大きくなっていく。数が多すぎて捕獲が追いつかない。さらに切っても燃やしても何をしても、殺せない。  対応の仕方がわからない。この次は? 何を食べる? 人間なんじゃないか。  そう囁かれたとほぼ同時に、小さな子供が犠牲になった。そこからはもう、早かった。  エンプティは大人を喰らい、人より大きな象やキリンなどを喰らい、生き物を越える大きさになった時、木々に移った。  そして今、地球を食べ始めている。  残った私たち人間は、地球が空洞になる前に宇宙へ逃げる。そうするしかもう、あとがないから。 「結局、エンプティはなんだったんでしょうね」 「さあ。でも地球の外から来たということは、どこか別の星でも同じように喰らって逃げてきたのかもな」  話しながら宇宙船から地球を見る。中身がスカスカになった地球が少しずつ崩れていく。私たちの、星。 「可哀想かもしれませんね。喰らい尽くして進むから、生まれた場所を知らない」 「またそんなポエミーなことを」  宇宙船は進む。次の星を目指して。  ふと、疑問に思う。  地球を食べきり、そのサイズになったエンプティは次はどうするのだろうか? また別の星に行くのだろうか?  例えばある程度の大きさになったら分裂する、とか? そうして別の星に行くとか?  そういえば、最初はたくさんいたはずのエンプティはいつしかひとつになり、地球を喰らっていた。簡単に分離と結合が出来るのだろう。  そもそも地球にきたエンプティは、どこから来たのだろうか?  エンプティが前の星を食べ尽くした時、私たちと同じように星の住人たちが地球に逃げてきた、とか?  そこまで考えてぞっとする。  もしかして、エンプティの欠片は私たちと一緒に宇宙船に乗っているのでは? そうして宇宙を漂い、次の星にも行くのでは。 「どうかした?」  言われて慌てて首を横に振る。私たちのノアの方舟。プロジェクト担当者のひとりとして、失敗だなんてありえない。  きっと、気のせいだ。考えすぎだ。 「予定どおり、我々もそろそろ眠りましょう」  ほかの人たちはもうコールドスリープに入っている。  目覚めればそこは新しい星。そこでやり直すのだ。  きっと。  大丈夫、きっと私たちは目覚める。  喰われることなく。
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